島田裕巳(宗教学者)

 「日本会議」のことが急に注目されるようになってきた。日本会議について論じた本がいくつも出版され、かなりの売り上げを見せている。それだけ世間は、この団体に注目していることになる。

 日本会議について扱った本では、この組織と新宗教の教団、「生長の家」との密接な関係が指摘されている。

 ただし、生長の家は日本会議の加盟団体ではないし、現在の教団はむしろ日本会議の路線に対しては批判的である。
「日本会議」の公式ホームページ
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 生長の家の創始者は谷口雅春という人物で、雑誌『生長の家』を刊行し、その合本である『生命の実相』を刊行することで、「誌友」と呼ばれる会員を集めた。

 新宗教のなかには、出版活動に重きをおいているところが少なくないが、生長の家はその先駆けである。

 ただ、生長の家の特徴は、『生命の実相』を読めば、万病が治り、貧乏も逃げていくと宣伝したことにある。評論家の大宅壮一は、新聞に大々的に掲載された『生命の実相』の広告を見て、これほど素晴らしい誇大広告があっただろうかと皮肉っていた。

 もう一つ、生長の家の特徴は、戦前においては天皇への帰一を説いて天皇信仰を強調し、さらには、太平洋戦争が勃発すると、それを「聖戦」と呼び、英米との和解を断固退けるべきだと主張したことにある。

 中国を撃滅するために「念波」を送るよう呼びかけたところでは、まるでオカルトの世界である。

 戦後になると、谷口は、「日本は決して負けたのではない」と主張し、生長の家の教えには「本来戦い無し」ということばがあるとして、本来は平和主義であると主張した。

 まるで御都合主義で、節操がないとも言えるが、谷口の思い切った言い方は、多くの読者に共感をもって迎えられた。

 彼は、早稲田大学の文学部で学んだインテリで、文才に恵まれていた。文章が書ける宗教家は珍しい。つまり、それまでの主張と合わない状況が生まれても、谷口は、それを文章の力で合理化できたのだ。

 戦後谷口にとって好都合だったのは、冷戦という事態が生まれ、東西の対立が生まれた点である。

 日本国内では、保守と革新、右翼と左翼が激しく対立するようになり、生長の家の天皇崇拝や国家主義、さらには家制度の復活などの主張は、保守陣営に支持され、社会的に大きな影響力をもった。

 具体的には、明治憲法復元、紀元節復活、日の丸擁護、優生保護法改正などを主張したが、これが戦前の軍国主義の時代に教育を受け、戦後急に生まれた民主主義の社会に違和感をもった人々の考えを代弁するものとなったのである。