田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 「チキンゲーム」というものがある。ここでいう「チキン」は臆病者のことを意味している。昔見た映画では、断崖絶壁めざして猛烈なスピードで車をとばして、いったいどこまで耐えられるか根性を試すゲームであり、途中で断念したものは敗者となるものだった。個人的には断崖絶壁をフルスピードで目指すだけで十分にチキンではないと思うが。

 ところで日本の経済政策も、かなり前からこのチキンゲームに似た状況に陥っている。ゲームを競っているのは、日本銀行と財務省である。政策目標で考えれば、日銀は2%のインフレ達成を目指している。他方で財務省は「財政再建」が政策目的と一応考えられる。実際に財務省には国民に対して明示的な政策目標を打ち出す法的義務はないので、あくまでも推測である。しかも「財政再建」というが、本当のところは「財政再建」を狙って財政支出や税率変更などを駆使して省益を向上させることが政治経済的な目的だろう。日銀も組織的な利害はあるが、それでもインフレ目標の達成は、政治側からの強い圧力により、日銀の利害と背反してでも追求しなくてはいけない羽目に陥っている。
G7財務相・中央銀行総裁会議に臨み、日銀の黒田東彦総裁(左)と話す麻生太郎財務相=5月20日、仙台市(代表撮影)
G7財務相・中央銀行総裁会議に臨み、日銀の黒田東彦総裁(左)と話す麻生太郎財務相=5月20日、仙台市(代表撮影)
 ここまで書けばおわかりだろうが、ざっくりいえば、日銀は経済を刺激する緩和を追求している。反対に財務省は経済を緊縮させるスタンスを採用しているのだ。これは日本の二つの政策的柱が互いに逆方向を向いていることを意味している。当然、日本のマクロ的な経済政策ははなはだしい矛盾をかかえることになる。

 ノーベル経済学賞を受賞したトマス・サージェント(ニューヨーク大学バークレー経済学・経営学教授)は、このようなマクロ経済政策のあり方をさきほどのチキンゲームに例えた。両者の反対方向の政策スタンスは、どちらがチキンであるかがわかるまで、どんどん矛盾を重ねるが、やがてどちらかが自分の政策スタンスを放棄しなくてはいけなくなるだろう。

 このとき「矛盾を重ねる」と書いたが、それはいまの日本の状況だと、実質的なデフレ経済が続き、(雇用など大幅改善しているが)日本経済がいまいちぱっとしない状況に陥ったままだということを意味する。働く人や経済的に不利な状況の人たちの生活がより改善する余地が大きくあるのに、それを向上させないままなのである。具体的な例でいえば、失業率も現状の3%から2%台後半まで改善するだろうし、それに合わせて名目賃金や実質賃金の上昇もいまよりもはっきりとみられるだろう。