【WEDGE REPORT】

田村明子(ジャーナリスト)

 吉田イサヨさんは、まだ20歳にもならぬうちに日本を後にした。彼女のパスポートは、自由の女神が立つリバティ島のお隣の島、エリス島にある移民博物館に展示されている。このエリス島は、1892年から62年間に渡ってアメリカ合衆国移民局が置かれていた場所で、この島を通って1200万人がアメリカに移住をしてきたそうだ。

 世界中からアメリカにやってきた移民たちの古いパスポートが壁一面に並ぶ中、日本人のパスポートはイサヨさんを含めて3人分あった。明治に発行されたものが1枚、イサヨさんのを含めて大正発行が2枚。

 パスポートといっても写真がついているわけではなく、墨筆に朱印が押された手形のような紙切れである。広島県佐伯郡に戸籍があったイサヨさんは、このパスポートが発行された当時18歳と6カ月で、渡米目的は夫の呼び寄せにより、とある。
吉田イサヨさんのパスポート(著者撮影)
吉田イサヨさんのパスポート(著者撮影)
 当時の年齢は数えだから、本人はおそらく実際にはまだ17歳半だっただろう。夫というのは、当時よく行われていた写真結婚の相手だったのだろうか。
 今ならまだ高校生の年齢で、移民の花嫁としてはるばるアメリカに来てどのような一生を送ったのだろう。

 「排日移民法」で入国は困難だったはずだが…


 帰宅してから博物館のサーチエンジンを使ってみると、彼女が上陸したのは1925年となっていた。ところがその1年前の1924年1月、米国政府はJohnson Reed Act、通称悪名高き「排日移民法」を設置している。後の太平洋戦争開戦の遠因になったという説もあるこの法律により、日本からの移民の入国は極端に制限されるようになった。

 それではイサヨさんは、どうして1925年に入国できたのか。不思議に思って博物館に問い合わせると、色々な興味深いことがわかった。
 まずどういうわけなのか、サーチエンジンで出てきた彼女の到着年、1925年は間違っていた。

 博物館の担当者が調べてくれたところによると、彼女は1917年12月22日に日本を出発し、1918年1月15日にサンフランシスコに上陸。パスポートは、遺族によって1988年にこの移民博物館に寄付をされたのだという。