前嶋和弘(上智大学総合グローバル学部教授)

 この記事をお読みになる読者の方ならご存知のようにアメリカの大統領選挙は、予備選挙と本選挙という2つの異なった戦いがある。予備選は党内での大統領候補指名を勝ち取る選挙である。弱小政党の候補はいるものの、基本的には民主・共和両党の中で指名を獲得した候補者どうしの一騎打ちが本選挙である。

 この2つの戦いについて、近年の大統領選では一種の法則がある。それは、予備選の段階での戦略を本選挙段階では微妙に変えていかなければ勝てないという法則である、これはなぜか。そもそも予備選の投票率は良くて3割と非常に低いため、予備選に行くような人々は、非常に党派的だ。この層を対象にしなければ勝ち抜けるのが難しく、打ち上げる公約も極端なものになりがちである。これに対し、本選挙の方は、投票率も6割ほどで、有権者は自分の政党支持者だけではない。そのため、より広い層を対象にした戦略に微調整しなければならない。
米大統領選候補者討論会、トランプ氏のバッジをつけるボクシングプロモーターのフドン・キング氏=9月26日、ヘンプステッド(AP)
米大統領選候補者討論会、トランプ氏のバッジをつけるボクシングプロモーターのフドン・キング氏=9月26日、ヘンプステッド(AP)
 例えば、2008年選挙でのオバマ陣営は、予備選ではイラク戦争反対を掲げ、徹底した「反戦候補」に自らを位置づけ、民主党左派を固めていった。しかし、予備選での勝利が現実的になった段階で「イラク戦争は反対、対テロ作戦の一環であるアフガニスタンの方はむしろ米軍を増派すべきだ」と「現実路線」「中道路線」に舵を切っていった。そのバランス感覚がオバマの「三軍の長(コマンダー・イン・チーフ)」としての資質を証明することになり、安全保障に詳しく、退役軍人の英雄的な存在である共和党候補のマケインに対しても、引けを取らなかった。

 それでは、今回の2016年選挙で世界を騒がしているトランプの「三軍の長」の資質はどうだろうか。

 予備選とここまでの本選挙を比較して、トランプの場合、何も大きくは変わっていない。「変わらない」というのは、もちろん、ほめ言葉ではない。

 特に国際関係でいえば、メキシコ国境での「万里の長城」建設、イスラム教徒の入国禁止、NATOや日米安保の見直しの可能性、ロシアに対する肯定的な数々の発言など、「国際情勢に無知」と思えるような発言ばかりを繰り返してきた。予備選の段階の「一人悦に入って吠えている、傲慢で野卑な人物」のまま、現在に至っている。

 トランプに一票を投じるため、一挙に共和党予備選になだれ込んだ「白人ブルーカラー層」にとっては、「職を取られたのは不法移民のせい」「なんとなく怖いムスリムは入国禁止」「自分たちの財政が怪しいのになぜほかの国を助けないといけないのか」という本音を初めて代弁してくれる候補がトランプだった。私たちにとっては驚いてしまうような暴言だが、彼らにとっては胸がすくような名言であり、「国際感覚なし」の発言こそが、予備選段階でのトランプ勝利の大きなポイントだった。この言葉そのものをトランプは実際には自分自身が信じていないような気すらするが、少なくとも、暴言を続けることは勝利への近道だった。