浜矩子(同志社大学大学院教授)
(THE21より2016年9月3日分を転載)
 イギリスのEU離脱という「事件」から2か月が経とうとしている。だが、あれほど騒がれたわりには、最近はニュースを聞くことも少なくなっている。これは嵐の前の静けさなのか、それとも、実は騒がれているほどの問題ではなかったということなのか…。グローバル経済に精通するとともに、「イギリス人の国民性」を知り尽くす同志社大学教授の浜矩子氏に、「イギリスのEU離脱の今」を解説していただいた。 イギリスのEU離脱という「事件」から2か月が経とうとしている。だが、あれほど騒がれた危機はいつのまにかあまり聞かれなくなっている。いったい、あの騒ぎは何だったのだろうか。
「ビッグベン」と呼ばれる時計塔がある英国会議事堂
「ビッグベン」と呼ばれる時計塔がある英国会議事堂
 「メディアの取り上げ方によるところが大きかったと思います。イギリスが世界から孤立するような報道がなされたり、企業がすぐにでも国外に脱出すると不安を煽ったり。ただ、国民投票直後に急落したポンドも弱含みながら様子見相場となり、株価はずっと堅調に推移しています。離脱反対派の声がさらに高まっているということも聞かない。一方で、孫正義氏のソフトバンクグループがイギリスの半導体大手ARMを買収するなど、外資の進出すら起こっている。不動産価格が下落しているなどのマイナスもありますが、今のところ離脱反対派も『本当に問題だったのかな?』という戸惑い状態ではないでしょうか」

 国民投票直後には、離脱という結果に離脱派自身が後悔している様子も報道された。

 「それもごく一面的な報道です。離脱派が総ざんげ状態になったわけではない。『しまった』組は、移民によって生活が脅かされているなどという確信犯的右翼の扇動によって、パニック的に離脱に投票してしまった人々。いわば『にわか型』離脱派で、憑き物が落ちたような感じになっているのでしょう。一方、『にわか型』ではない離脱派は、同時に『良識的離脱派』でもあります。彼らには、イギリスは本来、開放性と成り行き任せを是とする海洋国家だという感覚がある。それに対して、EUの中では、囲い込み型で計画主義の大陸欧州勢が大勢を占めている。そんなEUとは、それなりの距離感を持って付き合うべきだ。これが、『従来型良識的離脱派』の考え方です。どちらかといえば、インテリ層にこのタイプが多い。そういう人が多数いることがイギリスの面白さではあるのですが、彼らは、テレビなどに取り上げられることがあまりありません」 

 しかし浜氏は、こうした考え方を持つ人こそが「本来のイギリス人」だと指摘する。

 「互いに国境を接する大陸欧州の国々はこれまで、何度も戦争を経験してきました。特にフランスとドイツという二大強国の争いにより、欧州全体が何度も破滅の危機に陥ってきたわけです。だからこそ、なるべく戦争が起こらないように、互いに調整しながら物事を進めていこうという発想が強くなる。EUがまさにそうで、その前身である欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)は、鉱物資源の奪い合いによって引き起こされた第二次世界大戦の反省を踏まえ、その共同管理を目的として生まれたものです。だからこそ大陸欧州では政治の力が強い。政治が主導して物事を事細かに決めていく。それが大陸欧州流です」

 「一方、島国であるイギリスでは、第二次世界大戦の戦争体験自体がかなり違います。だからこそ大陸欧州のような政治主導を嫌い、あくまで経済第一主義を貫きます。元々海洋民族で、海に出てしまえば後は流れとお天気に身を任せるしかない。ギチギチ計画を立てても仕方がない。それがイギリス的DNAです。海に対しても敵に対しても、のるかそるかの勝負に出ているうちに、いつの間にか七つの海を制する大英帝国を築き上げた。海洋国といえば聞こえがいいですが、要するに『海賊国家』ですね」

 この違いが、EUに対する姿勢にも影響を及ぼしているという。

 「大陸欧州とイギリスとでは、ものの考え方やアプローチが全然違います。たとえばフランス人は大所高所の話を好み、何事も制度化やルール化するのを好む一方、イギリス人は『暗黙の了解』を好み、そもそも憲法すら明文化されていない。『いちいち文章化しないと守れないなんて、大人じゃないよね』というのが、とくにシティを代表するイギリスのジェントルマンの考え方。協定でがんじがらめにされるEUとは、本来まったくもって相容れないのです」