おりしも民進党の代表選挙が続いていた。私は3人の候補者に沖縄問題で質問状を出した。高江でじっと座り続けるお年寄りたちの語らずとも心に秘めたそれぞれの思いを森住卓『沖縄戦   最後の証言   おじい・おばあが米軍基地建設に抵抗する理由』(新日本出版社)から驚きをもって感じとったからだ。基地反対運動の背景には重い歴史が横たわっている。

 普天間飛行場の辺野古移設やオスプレイのヘリパッド建設に反対するのかどうか。野党第一党の民進党の新代表候補者はどんな立場を、いかなる論理と言葉で表明するのか。一般論だが、たとえ「正しい」政策を語っても、それを口にする身振りや言葉遣いで認識の深さや軽さ、あるいは嘘さえ見えてくるものだ。表現が身体から分離していれば、それは行動という現実によっていずれ必ず剥がされていく。

 沖縄の基地問題は日本で唯一の地上戦を体験した歴史を生身の人間と重ねて理解しなければならないのだ。余談だが米軍基地問題に取り組む者が「ヤンキー、ゴーホーム」と叫ぶのは、歴史的に堆積した沖縄の歴史と生命にかかわる個人史が重なっているのである。この言葉をヘイトスピーチだと批判する者は、概念的な無理解とともに国会での議論にも眼を逸らしている。  米軍基地反対運動などで「ヤンキー、ゴーホーム」と主張することは、政治的な目的でなされるものであり、差別的意識を助長・誘発する目的でなされたものではないから、ヘイトスピーチ解消法にある「不当な差別的言動」の定義にはあたらない。

 ともあれ沖縄の基地問題は、本質的には戦争と結びついており、さらには自然破壊でもあることに、もっと敏感になっていい。琉球処分を歴史の出発点として、沖縄戦のあまりにも痛ましい悲劇、さらには本土復帰後の米軍犯罪や事故などを総体としてヤマト(本土の日本人)は受けとめなければならないだろう。辺野古移設にしても高江への強硬的なヘリパッド建設にしても、沖縄県民の民意ではないからには、必ず失敗する。問題の核心は沖縄の歴史のなかで基地問題の「第三の道」を探ることなのである。アメリカ政府に軍事戦略の変更を求める外交交渉を行うなかで、グアムやテニアンなどに辺野古基地を移転させる道を探ることこそ、現実的な解決策ではないだろうか。おりしもこの原稿を推敲しているのは、民進党の代表選挙が行われた当日である。予想どおり蓮舫さんが新代表に選ばれた。辺野古移設を堅持すると討論会で発言していた蓮舫さんは、私には「民意を無視した強硬には反対」と語っていた。それが本音なら辺野古移設も高江ヘリパッド建設も現実的でないことは明らかだ。政治家と政党にとって沖縄は試金石なのである。
(2016年9月15日夕刻記)