一色正春(元海上保安官)

 平成28年8月5日午後、中国海警局の巡視船2隻と中国漁船6隻が沖縄県石垣市にある尖閣諸島の我が国領海内に侵入しました。日本国外務省によると、中国の公船と漁船が同時に尖閣諸島の領海に侵入するのは、これが初めてだということで、この行為によって中国が尖閣諸島に対するアプローチを一段階レベルアップさせたことは間違いありません。

 中国のこのような動きに対して多くの識者が、彼らの狙いは尖閣諸島海域で中国公船が自国の漁船に対して法執行を実施し、それをもって司法管轄権を行使したという既成事実を作ることだとみているようですが、改めて1970年代から始まった中国の東シナ海における一連の動きを振り返ってみると、どうも中国にはそれ以外の目的があるのではないかと思えるようになってきました。度重なる日本の抗議に対して一向に態度を改める素振りすら見せない中国、その真の狙いはどこにあるのか。その説明の前に、過去に中国が東シナ海で行ってきた主な侵略行為について簡単に振り返ってみましょう。
尖閣諸島周辺の接続水域を航行する中国公船や漁船と、海上保安庁の巡視船(左端)=8月上旬(海上保安庁提供)
尖閣諸島周辺の接続水域を航行する中国公船や漁船と、海上保安庁の巡視船(左端)=8月上旬(海上保安庁提供)
 中国が正式に尖閣諸島の領有権を主張し始めたのは沖縄返還直前の1971年ですが、その後、暫くは大きな動きはなく、最初に大々的な動きを見せたのは1978年の4月で、山東省と福建省の海軍基地から指令を受けた百数十隻の武装漁船が尖閣諸島沖に押し寄せ、約1か月間にわたって入れ代わり立ち代わり日本の領海内で違法操業を繰り返し、海上保安庁の巡視船が近寄ると銃口を向けて追い回すなど乱暴狼藉を繰り返しました。

 この時期は日中間で平和友好条約の締結交渉が行われており、日本では当時健在だった自民党保守派が尖閣諸島の帰属を明確にすべきであると主張し、条約締結に前のめりになっていた福田首相(当時)をはじめとする親中派との間で綱引きが行われていました。一説によると、これに危機感を持った中国が実力行使に出たという話ですが確証はありません。

 いずれにしても普通の国であれば武力衝突に発展しかねない事態で、少なくとも条約交渉が白紙に戻っていたとしてもおかしくないのですが、なぜか、その後の展開は結果的に中国の威嚇に屈する形で同年8月に日中平和友好条約が締結され、その後、当時中国の最高実力者であった鄧小平が一方的に棚上げ論を発表しました。尖閣諸島が注目されるようになってから、この話を持ち出して日中間に棚上げの密約があったという人もいますが、当時の中国には海軍と呼べるものや、日本に圧力をかけることのできる経済力もなく、日本が唯一対抗できない核兵器も冷戦時代だったのでアメリカの核の傘の威力が十分に及んでおり、日本に密約を結ぶ理由など何一つありませんでした。

 ですから、翌1979年の5月に日本の海上保安庁が魚釣島に仮設のヘリポートを造り、沖縄開発庁が調査団を派遣しています。仮に密約があったとすれば、日本政府が約束をして一年も経たないうちに、このような行動をとるはずがありませんし、中国が猛烈な抗議を行っているはずですが、中国外務省の局長が日本の大使に「日中関係を損なわないよう大局的立場から対処することを望む」と口頭で伝えた程度の抗議しか行っていません。しかし、これも不思議なことに中国に対して過剰に配慮した政府内の勢力(外務省と言われている)により、仮設ヘリポートはすぐに撤去されました。(一説によれば、本当は撤去されていないという話もあります)

 次は、その14年後の1992年に中国は尖閣諸島が自国の領土であると明記した中華人民共和国の領海及び隣接区法(領海法)をという法律を作り発表しました。2012年の9月に日本が尖閣諸島の3つの島を国有化したと言って大騒ぎしましたが、実はその20年も前に中国が先に国有化していたのです。この時、中国は鄧小平が自ら語った棚上げ論を破棄して国有化しているのですから、日本政府は棚上げ論に合意していない立場であってもそれを非難し、棚上げ論の無効を確認しておくべきでした。

 そして、それとは別に主権が侵されたことに対して断固とした抗議を行い、灯台等の施設を建設するなど然るべき対抗措置を取るべきだったのですが、形だけの抗議を行っただけ終わりました。しかも、その年の秋に天安門事件が原因で国際的に孤立していた中国に対して、まるで中国による尖閣諸島の国有化が何の問題もなかったかのように初の天皇陛下御訪中という最大級の援助を行い、中国側に日本が尖閣諸島を重視していないかのような印象を与え、結果として中国に領土拡張の野心を抱かせてしまいました。ちなみに台湾は2004年の 1月に魚釣島の土地を登記 しています。

 その12年後の2004年3月には中国人活動家7名が尖閣諸島海域を領海侵犯し魚釣島に不法上陸しました。この時に現場で警備にあたっていた人から私が直接聞いた話では、海上保安庁は海上で活動家たちを停船させて島への上陸を阻止できたにもかかわらず、誰に対しての配慮かわかりませんが日本政府は敢えて活動家たちを上陸させたそうです。その結果、彼らは戦前、島に日本人が住んでいた証拠を隠滅するため尖閣神社などの貴重な遺跡を破壊しました。