荒谷卓(陸上自衛隊「特殊部隊」初代群長)
荒木和博(特定失踪者問題調査会代表)
伊藤祐靖(海上自衛隊「特殊部隊」初代先任小隊長)

(『自衛隊幻想 拉致問題から考える安全保障と憲法改正』第一章より抜粋)

自衛隊は「抑止」の存在


 荒谷卓(陸上自衛隊「特殊部隊」初代群長) 冷戦の間、ずっと日本は「抑止」だけできました。もっと言えば、日米安保があれば、日本は攻撃されることはないと考えてきた。日米安保は軍と軍の関係で成り立っています。だから自衛隊を保持しておくことが必要で、それによって日本の安全が保障されるということです。その意味で、自衛隊は「抑止」の存在であった。だから自衛隊が何かに対処する事態を、政府は具体的には検討していません。

 仮にソ連が攻めてきたらどのように対処するか、どの程度の攻撃だったら日本は単独で持ち堪えられるのか、そういった検討をしていないのです。「基盤的防衛力構想」というものがありましたね。平成22年の防衛大綱改定で「動的防衛力」の構築に代わるまでは、「基盤的防衛力」という考え方で日本は防衛力を整備していました。「基盤的防衛力構想」は政府が説明しているように、具体的な想定に基づいて算出された戦力ではなく、必要な機能を最低限、持っておこうというものでした。「戦車がないのはおかしい」とか「戦闘機はあったほうがいい」とか、駆逐艦や補給艦などを一通り持っておくと、いざ本当に戦争になったときに、それをエクスパンド(増産)すれば対処できるという考えです。つまり、「基盤的防衛力構想」では、具体的な侵略などを想定して対処する戦力ではなかった。それは「防衛白書」でも説明しています。
平成26年10月、航空自衛隊百里基地で行われた航空観閲式に出席した安倍晋三首相(手前)
平成26年10月、航空自衛隊百里基地で行われた
航空観閲式に出席した安倍晋三首相(手前)

 荒木和博(特定失踪者問題調査会代表) 私が予備自衛官になった頃に、現役自衛官やOBと話をしていてショックだったのは、拉致問題を自分たちの仕事だと捉えている人がほとんどいなかったことです。「自衛隊が拉致被害者救出に向かうべきではないですか?」と聞いても「憲法上の制約がある」「自衛隊法の制約がある」と、あれが駄目これが駄目と言うだけでした。いい加減な人間がそう言うならまだ救いがあるのですが、すごく真面目な自衛官が「自分たちの仕事ではない」という話をするので、かなりショックを受けました。

 自衛隊の中にも拉致問題を考えてくれる人はいますが、一所懸命考えすぎると、自衛隊の中にいづらくなるという矛盾もあります。極めて真面目な組織なので、命令があればどんな犠牲を払ってでもそれを行うでしょうが、その命令がないので拉致問題に関わってこなかったわけです。ちなみに、拉致問題対策本部の職員は各省庁からの出向です。防衛省からきても事務官で、しかも防衛とは関係のない業務をしている。自衛隊との連絡将校のようなことはやっていないわけです。

 よく例に挙げるのですが、実は自衛隊がはじめて拉致問題に関わったのは、平成25年12月の北朝鮮人権侵害問題啓発週間です。拉致問題対策本部主催のコンサートがあり、海上自衛隊の歌姫こと三宅由佳莉三等海曹が歌を歌ったときがはじめてでした。そこには「拉致問題には自衛隊は意地でも使わない」という日本政府の意思を感じます。自衛隊の存在を忘れていたとか、なんとなく使わないのではなく、「絶対に使わない」という明確な意図があるようです。

 吉本正弘さん(元陸上自衛隊特殊作戦群副中隊長、予備役ブルーリボンの会幹事)が第六章で「防衛白書」の北朝鮮の項目に「拉致」に関する記述がないと述べていますが、拉致問題を安全保障の問題だと認めると対処しなければならなくなるわけです。さらに、これまでの論理がすべて破綻してしまうから困るということなのではないでしょうか。