竹内健(中央大学理工学部教授)

 日本人のノーベル賞の受賞が相次いでいるせいか、子供たちが将来就きたい職業として、理系の研究者が人気を集めているそうです(「将来就きたい職業に「研究者」 子どもの人気集める」)。

 この調査結果によると、研究者に憧れる子どもが増加中。小学校を卒業した子どもたちに将来就きたい職業を尋ねた結果、「研究者(理系)」が男の子2位(9・8%)、女の子7位(4・1%)と上位に入ったそうです。

 理系の研究者としては嬉しいですね。一昔前のイメージでは、理系の研究者はネクラ(この言葉も死語ですが)、決して良いイメージではなかったと思います。子供に憧れられたり、女性にもてたりするのとは対極の存在。社会とは隔絶されて、趣味に走っている変な人、というイメージだったでしょうか。

 こうして理系の研究者になりたいという子供たちが増えているのはありがたいことですが、その一方、理系の研究者とはどんな仕事だと思われているのでしょうか。ひとり机に向かっていたり、白衣を着て実験室で好きな研究にひたすら邁進する、というイメージでしょうか。それは学部や大学院の学生として研究をしたり、組織の中で雇用される立場で研究する場合には合っているかもしれません。

 しかし、大学であろうと企業であろうと、研究をリードする立場になると全く違います。資金のかからない理論的な研究でしたら、研究自体に集中することも可能かもしれませんが、実験などでお金を必要な研究ならば、まずは研究資金を獲得しなければ研究のスタートラインにさえつけません。学会発表するための旅費だって、自分で稼がなければいけないのですから。
 実は研究に必要な人モノ金を集め、マネジメントすることこそが、研究者の重要な仕事なのです。研究できる環境を与えられた状態で、研究自体ができるのは当たり前。むしろ差がつくのが、研究するための環境を整え、研究組織をマネジメントする部分です。

 iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞された山中先生が研究費をカンパするために、マラソンに出ていたりしたのは、決して例外的なことではありません。山中先生ほど劇的なことをしないまでも、日々、研究費を集めるために提案書を書いたり、企業をまわっている、という理系の研究者は多いのではないでしょうか。

 研究者は足で稼ぐ、営業職でもあるのです。資金獲得は努力賞はない弱肉強食の世界です。研究のアイデアがあるのは当たり前、それに加えてプレゼン、交渉力、対人関係など文系的な力が必須なのです。

 私のような応用研究をしていると、研究成果を実用化する企業に研究チームに入ってもらえないと、研究提案も通りません。

自分が好きなことを研究するというだけではなく、企業・社会の役に立つ技術は何かを考え、共同研究してもらえるように企業の方を説得する。日々そのようなことばかりです。大学の理系の研究者に必要な素養として、人モノ金を集めるマネジメント能力に加え、へこたれない精神力も大切です。

 入試と違って資金の公募も、回数の上限はありません。数を打ち、落ちても提案し続ける気持ちの強さがある人が、最後は採択されます。ひょっとしたら、研究だけに集中したいのであれば、資金集めに奔走する大学教員よりも大企業の研究者の方が良いかもしれませんね。

 ただ、名門企業もあっという間に傾く時代ですから、大企業の研究者もいつまで安泰かわかりません。研究者の実像は、テレビドラマほど劇的ではないにしろ、下町ロケットの主人公をイメージしてもらえば良いと思います。

 最近は国の財政難を反映して、国家プロジェクトの公募の競争率は上がり、採択されても研究できる年数は減っています。この研究公募の面接に落ちたらもう研究できなくなる、という場面に追い込まれることも珍しくありません。

 また、運よく公募に採択され、研究資金を頂けても厳しい進捗フォローを受けます。資金を出す側だって、有効にお金を使ってもらい、成果が出ないと困るのですから。研究者の日常とはこんな感じで自転車操業で走り回っていますので、落ち着いた環境で好きな研究だけしている、と想像している人が来ると「そんなはずでなかった!」と思うかもしれません。

 前向きに考えると、理系の研究者の仕事は、自分のアイデア・夢を実現するために、自ら主体的に動いて人モノ金というリソースを集め、組織を作って研究をマネジメントする。これほど自分がやったことが、良くも悪くもそのまま自分にはね返ってくる世界、というのもそうないかもしれません。

 理系的な研究だけでなく文系力も必要とされますから、まさに、自分という人間の総合力、ありのままが結果に反映されるのです。そういった主体的に生きることが好きな人にとっては、これほど面白い仕事も無いのではないでしょうか。
(ブログ「竹内研究室の日記」より2016年2月2日分を転載)