山中氏もそうだが、国との距離感が見事だ。資金集めも上手い。ジャスト・ギビング・ジャパンと連携し、2012年3月の京都マラソンに参加した際には、1000万円の寄附を集めた。政府に「研究費を増やせ」と言っているだけの有識者とは違う。大教大天王寺には、ソフトパワーを重視する伝統があるように感じる。社会への見せ方が上手い。山中・世耕氏の4年先輩には俳優の辰巳琢郎氏がいるが、彼など、その典型だろう。山中氏のメディア対応は見事だが、辰巳氏が大きな影響を与えている。

 若いときの出会いは、相互に影響を与える。その証左に、このような仲間は共通の「表現型」を呈することが多い。山中・世耕・辰巳氏に共通するのは「ソフトイメージ」。「ゆるキャラ」系と言ってもいい。卒業生も認識しているようで、大教大天王寺の卒業生は、「男はソフト、女はしっかりものが多い」という。
京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授
京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授
 ちなみに、同地区に存在する府立天王寺高校のイメージは全く違う。卒業生には、中村祐輔氏(医師・シカゴ大学教授)、岡田武史氏(元サッカー日本代表監督)、佐藤慎一氏(財務省事務次官)、加藤晴之氏(講談社)などがいる。イメージは大教大天王寺と正反対だ。

 話を戻そう。山中氏は何度も挫折した。そして、それを乗り越えて、成功を掴んだ。その際、多くの仲間を引き入れ、自らを変革していった。体裁にこだわらず、柔軟に対応し、ネットワークで仕事をする。江戸時代、大名がいなかった大阪で発達した独自の商売人文化だと思う。山中氏は、大阪を体現した人物だ。

 次は大村氏だ。私は、彼の特徴は強烈な反骨心だと思う。筆者は、その原型は、彼が育った韮崎という町にあると感じている。例えば、大村氏の母校である韮崎高校の卒業生には強烈な面子が並ぶ。元サッカー日本代表の中田英寿氏、元民主党幹事長の輿石東氏などだ。金丸信氏も、かつて教員を務めたという。みな徒手空拳で世界を切り開いた。引かれたレールを走るエリートではない。

 韮崎は甲斐、信濃、駿河を結ぶ諸街道が交差する要衝で、古くから栄えた。江戸時代は幕府の直轄領だった。ところが、明治以降、薩長藩閥政治の元、憂き目をみる。韮崎に限らず、山梨県では自由民権運動が盛り上がった。明治時代、熊本出身の山梨県令藤村紫朗への批判の声があがった。根津財閥の創始者であり、現在の東武鉄道を立ち上げた根津嘉一郎(1860-1940)は、若き頃、自由民権運動に従事していたことが知られている。

 根津嘉一郎が設立した教育機関は名門の武蔵中学・高校だ。同校では「現在も政府に依存せず、自ら道を切り拓け(武蔵高校OB)」と指導しているという。教育は固有の価値観を再生産することだ。武蔵の文化は、山梨の歴史・文化と密接に関係する。