世界的科学者を育てた音楽教室

『月刊Wedge』 2016/09/21

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早野龍五さん(東京大学教授)


70年間、世界的演奏家を輩出し続けてきた異色の音楽教室


 東日本大震災による東京電力福島第一原発の事故直後から、Twitterを通じて放射能に関する情報を発信し、人々の不安を和らげてくれた東京大学教授・早野龍五さん。福島県の子どもたちの内部被爆の調査と経過観察を続ける一方、原子物理学の第一線の科学者として、勤務する東京大学やスイスのCERN(欧州原子核研究機構)での研究に忙しく、常に世界を飛び回っている。

早野龍五さん。50年ぶりに手に取ったヴァイオリンをコソ練中とか
 2016年8月、早野さんは、音楽教育「スズキ・メソード」で知られる公益社団法人才能教育研究会の第5代会長に就任した。スズキ・メソードは、国内で最も歴史のあるヴァイオリンメーカー「鈴木ヴァイオリン」創業家に生まれた鈴木鎮一(しんいち、1898~1998)が、1946年に長野県松本市で設立した音楽教室である。

 スズキ・メソードは、コダイ、ウォルフ、リトミックと並んで世界四大音楽メソッドの一つとも言われ、いまや世界46カ国で40万人の生徒が学んでいる。もっとも浸透しているのはアメリカで、30万人が学ぶ。発祥地の日本よりも世界で知られた音楽教育法といえるかもしれない。日本においては現在2万人弱の生徒が学んでおり、卒業生には桐朋学園学長を務めた江藤俊哉、里見弴の小説『荊棘の冠』のモデルになった諏訪根自子といったヴァイオリニストに始まり、パガニーニ国際コンクールやジュリアードコンチェルトコンクール、ロン=ティボー国際コンクールで上位賞を獲得する演奏家が数多いる。

 実は早野さんも「スズキ・メソード」のヴァイオリン科卒業生であり、幼少時の音楽レッスンを通じて、科学者として必要な「非認知能力」――たとえば物事をやりぬく力や自制心―を身につけ、研究を続けるうえでの大きな力になったと発言して話題になっている。

 情操を磨くだけではなく、人としての基礎力を身につけた音楽教室。いったい、どのようなレッスンを行っているのか。早野さんにお話を伺うと、70年前に打ち立てられたスズキ・メソード創設者・鈴木鎮一の教育哲学が、近年の幼児教育の研究結果を先取りしていたことがわかる。
音楽家ではなく人を育てる


音楽家ではなく人を育てる


編集部:原子物理学の研究者として知られる早野さんが音楽教室を展開する才能教育研究会の第5代会長になられたと聞き、意外に思っていたのですが、子供の頃にスズキ・メソードでヴァイオリンを習っていらしたのですね。

 スズキ・メソードの創設者・鈴木鎮一さんの著書『愛に生きる』の中に、早野さんのことが登場します。1959年、ウィーン・アカデミー合唱団がスズキ・メソード発祥の地、長野の松本音楽院を訪れたとき、指揮者のダビッド教授が小学校1年生の早野さんに独奏を指名した。そうすると「バッハのコンチェルトを弾きます」と言って立派な演奏を行い、合唱団の人々を驚かせたと。その5年後には、6歳~14歳までの10人の生徒がアメリカ17都市に演奏旅行に出かけ、それまでヴァイオリンの勉強は8、9歳からでないとできないと考えられていたアメリカに、大きな衝撃を与えたそうですね。早野さんはこの全米演奏旅行「10(Ten)Children」にも参加していらっしゃいます。

5才の頃。松本の自宅にて
早 野:私がスズキ・メソードでヴァイオリンを習い始めたのは、たしか4歳の時。当時は父の勤め先が信州大学だったので松本に住んでいたんです。たまたま鈴木鎮一先生の教育方針に心酔した父の友人が才能教育研究会の事務局にいたご縁で松本にあったスズキ・メソードに通うことになり、ほどなくして鈴木先生に直接指導を受けるようになりました。15歳になるまで続けましたから、11年あまりかな。

 習っている間はほぼ毎週1回、鈴木先生のお宅にレッスンに伺っていたんだけど、高校に入った15歳のある日、鈴木先生に「今日で最後です。私は科学の道に進みたいので、音楽家にはなりません」とお伝えしました。

編集部:えっ、全米演奏旅行にも参加した早野さんが辞めると聞き、鈴木先生はガッカリなさったのではないですか?

早 野:いえ、それはありませんでした。なぜかといえば、鈴木先生にはもともと、「音楽家」を育てるおつもりは無かったと思うんです。つまり子供を、音楽を通じて「人」として育てるのであって、音楽家という特殊な人種に育てることを強調しなかった。

 スズキは創立からの70年間、ヴァイオリンやピアノの国際コンクールでも受賞するような音楽家をたくさん輩出し続けてきました。でも音楽家にならずに、異なる道に進んだOB・OGもたくさんおられます。研究者、作家、棋士、弁護士……。様々な道に進んだ人が大人になり、「あの時スズキ・メソードでレッスンを続けていて良かったなあ」と振り返ってくれることが、鈴木先生が望まれたことではなかったかな、と思っています。
子供の才能は「家庭で育てる」が基本


子供の才能は「家庭で育てる」が基本


編集部:日本にはさまざまな音楽教室が展開していますが、その多くは教室で講師と1対1になり、教則本を進めていくという方法が採られています。私が通っていた大手音楽教室もそうでした。スズキ・メソードの場合は、どのようなレッスン方法を採用しているんでしょうか?

早 野:特徴の1つは、保護者、おもにお母さんにレッスンに随いてきてもらうということでしょうか。一緒にレッスンを受けたお母さんは、家に帰ってお子さんのレッスンを見る‘先生’になる。親子で練習を進めておき、また1週間後に講師のレッスンを受けます。

 鈴木先生は、「子供は家庭で育つ」ということを、常に言っておられました。子供にとっての環境の大部分は家庭にあり、まずは家庭で、母語のように音楽を繰り返し聴き、弾き、聴き、弾く。音楽教室は、その基礎の上にあってこそ成り立つ場所です。

 レッスン時間の最初は、よい演奏を聴くことから始まります。お父さんお母さんの母語を覚えるように、子供が自然に「あんな風に弾いてみたい」と思うことが大切で、子供自身が「うまく弾けた」と思うことができれば、達成した喜びで次のステップへ進むことができるでしょう。これが鈴木先生の仰る「母語教育法」です。

 スズキの教則本の第一番は音階練習ではありません。誰でも知っている「きらきら星」です。これを耳で覚えた子供がまず曲を弾いてみて、先生や親が聴く。親だけではなく、ほかの生徒が一緒に聴いている場合だってあります。また子供が弾く、の繰り返し。楽譜を見ないで弾けるようになったら、次の曲に行くんです。ときどき、同じ曲に戻ることもありますよ。でもそうやって何度も何度も同じ練習を繰り返すので、時間が経ってもその曲を弾くことができるんです。

 僕はこの前50年ぶりにヴァイオリンを持たされて弾いてみたら、当時の練習曲が何とか弾けたんです。自分でもびっくりしました(笑)。

編集部:たとえ半世紀前であっても、一度習得したことはなかなか忘れないということですね。鈴木先生も「生まれて来る子供たちは初めから文化的な存在ではないが、文化の高い生活態度をもった家庭で育てれば、その子供は立派な教養を身につけた、文化人となりましょう」と仰っています。
教育投資は早いほどいい


教育投資は早いほどいい


早 野:このところ、幼児教育に関して、教育投資のタイミングが話題になっています。有名なのはノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学の労働経済学者ジェームズ・ヘックマンの研究です。ヘックマンによれば、「就学後の教育の効率を高めるには、就学前教育が大切」で、彼の著書『幼児教育の経済学』には、子供に教育投資をしたタイミングや額と、その子供が大人になってからの犯罪率、大学をドロップアウトせず卒業できたか、などの関係を調査した結果がまとめられています。

 この本で明確に述べられているのは、同じ教育投資をするなら、幼児教育に投資をすべきだということ。大学受験に投資するくらいなら、幼児のときに投資したほうがよい。なぜなら、幼児のときにきちんと教育された子は、犯罪率や大学中退率が低いという調査結果が出ているのです。

 では、何を投資するべきか。算数・国語とか、学校の教育で計れるようなもの(認知的能力)に投資しても、結果的には意味がない。もちろん、入学以前に教科内容を習っていれば、学校に入った時点ではいい成績を取れるでしょう。しかしその優位差は、卒業する頃にはほとんど無くなってしまいます。

 経済学分野では、人間の生産性に関する格差を「人的資本」という概念で説明してきました。この人的資本には「認知能力」と「非認知能力」があり、学校や塾でのIQテストに代表される認知能力に対して、「非認知能力」とは、個人特性、選好、自制心、情報処理能力などを指しています。いわば「性格」のようなものです。

 ヘックマンは、この「非認知能力」を身に付けさせることにこそ、意味があると言っています。たとえばこの著書でも頻出する「GRIT」(やり遂げる力)。月曜はピアノ、火曜はバレエ、水曜は学習塾……と、毎日違う習い事をさせるくらいなら、子供が関心もったことを1つ選ばせてしっかり学ばせたほうがいいんです。

編集部:習い事を通じて、人間としての基礎を躾けるということですね。だから進む道が音楽家であるか否かにかかわらず、根気よく努力できる大人に育つ。

早 野:人格形成には、家庭での躾や環境が大きく影響します。音楽の場合は、繰り返し訓練を続けることを通じて、非認知能力を身につけることができるのだと思います。

 あとは、自分に嘘をつかない子に育てるというのはとても大切です。

編集部:音楽はスポーツのようにスコアが出るわけではないから、どこまで練習するかという判断は講師、そして最後は自分に任されますね。

早 野:そうです。子供自身が「この曲はまだ弾けていないな、来週先生に会うまでに練習しておかないとまずいな」と、思えるようになるかどうか。自分に嘘をつかないことが、自分の性格といってもいいくらい身につくか。それがのちの人生にとって大事です。

編集部:早野さんは、「困難を乗り越える力も音楽教室で身につけた」ということを仰っていますが、運指や楽譜の記憶といったスキル面だけではなくて、教室でのレッスン継続が、人格の根の部分を作るということでしょうか。

早 野:たとえば難しい2小節がどうしても弾けないとしましょう。そうしたら、繰り返し繰り返しその2小節を弾きます。そうやって、自分ができるまで弾く。その厳しさを乗り越えられるかどうか。
2008年、原子物理学分野の優秀な
科学者に贈られる仁科記念賞を受
賞した時の一枚。左はノーベル物理
学賞を受賞した小柴昌俊氏。早野さ
んは自ら選んだ科学の道で、素晴ら
しい成果を挙げた
 スズキの研究科を出て卒業試験まで通った人の音楽的解釈や表現力は相当な高いレベルになることが実証されています。そうやってレッスンの中で困難を乗り越えてきた人なら、途中でスズキを辞めて音楽以外の道に進んでも無駄ではないでしょう。

 僕の場合は中学生のときに、一生ヴァイオリンを弾くほど音楽が好きか、自分よりうまい人に比べて才能があるか、才能を磨くためにもっと訓練を厳しくできるか、といったことを深く考えました。そして僕は科学の道に行くことを決め、音楽を選ぶことはしなかった。でもそれは、相当に練習し、相当に弾いたから15歳で答えを出せたんです。

 スズキでの厳しいレッスンと、自分に嘘をつかない練習を続けたからこそ、今の僕があると思っています。
組織の硬直をほぐしたい―100年目に向けて


組織の硬直をほぐしたい―100年目に向けて


編集部:鈴木先生が創設した頃とは、時代背景が大きく変化しています。早野さんは第5代の新会長として、どんな組織を目指していかれるのでしょうか。

早 野:僕は家元「鈴木鎮一」を襲名したわけじゃないし、ヴァイオリンからは半世紀離れていました。でも、会長になったからには、経営者として自分を育ててくれた会を良い方向に導きたい。

 「才能教育研究会」は、元は「全国幼児教育同志会」という名称でした。「同志」という言葉からも分かるように、参加者がみなフラットな関係だった。それが70年経ち、会長や理事がいて、その下に会員がいるピラミッド型構造になっていってしまった。だから、まずはフラットな関係に構築し直したいですね。手始めに、全国支部にいる900人弱の講師と事務員に対して、サイボウズのアカウントを取るように指示しました。サイボウズはクローズドのSNSですから、サイボウズ上で対話ができるようになります。いまはTwitterと同じくらい呟いていますよ。

2013年、スズキ・メソードの世界
大会で講演中の早野さん
 それから今年度中に全国のすべての教室・支部を訪れる予定を組みました。僕が話すというよりは、講師の皆さんの話を聞きたい。この手法は、福島で住民の方々とのダイアローグを続けるなかで学びました。

 スズキは、保護者も一緒にレッスンを受けてもらうというスタイルを続けてきましたが、いまはお母さんが仕事をしていることも多くて、その方法は難しくなってきました。集合住宅に住んでいる人も増えてきて、思い切り音も出せません。つまり70年経って時代が変わり、スズキ・メソードが実行しにくい世の中になっています。だから、鈴木先生の教えを実行し続けるには、社会の変化にわれわれが対応しなくてはならないんです。変えてはいけないものと変えるべきものを見極め、組織改革を進めていきたいと思います。

編集部:時代が変化しても、音楽を通じて子供の人格形成に関わる基礎を育てたいという鈴木先生の思いがきちんと受け継がれているのですね。100周年を目指してがんばっていただきたいです。どうもありがとうございました。

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