別冊正論26号「『南京』斬り」(日工ムック) より


柿谷勲夫(軍事評論家・元防衛大学校教授)


 朝日新聞は、「虐殺証言、若者に届いたか」との記事を平成10年8月13日付夕刊で掲載した。前夜に二十代の青年たちが、東京・原宿で戦争で被害を受けたとされる「中国人の証言集会」(参加者十人足らず)を主催、昭和17年5月27日、日本軍によって虐殺されたと主張する、中国河北省・北疃村(朝日新聞、岩波は「疃」、その他は「担」と表現)の李慶祥氏(71)の体験談を紹介していた。

 朝日新聞は、日本軍の攻撃を『北瞳村大虐殺』と呼称、中国側の調査では約1400人が殺された、と述べていた。

「北疃村大虐殺」とは、耳慣れない用語で、今回朝日新聞が新たに創り出したものである。状況によっては、いわゆる「南京大虐殺」「慰安婦強制連行」と同様、一人歩きし、今後に禍根を残すことになり兼ねない。また、それが朝日の狙いでもあろう。

 北疃村に対する歩兵第百六十三連隊の攻撃については朝日新聞だけではなく、毎日新聞、NHK、岩波書店の月刊誌「世界」も報道している。

 いずれも中国側の発表、中国人の発言だけを伝達、公刊されているわが国の防衛庁防衛研修所戦史室編纂の『戦史叢書』(いわゆる公刊戦史)や『歩兵第百六十三聯隊史』を無視している。この行為は、偏った報道によって、視聴者、読者に著しい誤解を与えるものである。

毎日新聞の場合


 平成8年5月11日付毎日新聞は、「中国人500人 毒ガス戦 賠償要求へ」との見出しで、概要次のように記述している。

 ―中国河北省北担村の農民、李化民さん(73)ら約500人が、今月末をめどに、日本政府に10億円を超える損害賠償と謝罪を求める要求書を北京の日本大使館に出す。

 中国側の記録によると、日本軍(第110師団百63連隊)は1942年5月27日、北京の西南約250キロにある八路軍拠点の同村を襲った。村民や八路軍部隊の一部が避難した地下道の入口をあちこちに見つけ、毒ガスのあか筒(くしゃみ・おう吐剤)、みどり筒(催涙剤)を大量に投げ込んだ。苦しくて地上にはい出したところを老若男女の別なく殺した。村民の3分の1に当たる約一千人が犠牲になった。八路軍兵士の犠牲は数十人だった―

 李さんは、ジャーナリスト、新井利男氏に「私は村を留守にしていて難を免れたが、父、妻、弟妹ら12人の家族が殺された。村の家はすべて焼かれ、乳飲み子は火の中に投げ込まれた。毒ガス戦という国際法違反に時効はないことを知り、半世紀余り積もり積もったおん念を日本政府にぶつけることにした」。

 この事件では、指揮した大隊長が当時書いた記録に「毒ガス投入」の事項があり、日中双方の記録が一致する。