井本省吾(元日本経済新聞編集委員)

 宮家邦彦氏は優れた元外交官かつ外交評論家であり、その論考は学ぶべき点が多い。2015年9月に発行された「日本の敵」(文春新書)もその例にもれない。だが、終章「日本の敵」に至って、前回のブログ「慰安婦問題が好転し始めた--外務省の無策の中で」の関連で、強い違和感、反発を感じた。「やはり日本の外交官の限界か」という失望も。
<(ロシア、中東、中国、朝鮮半島などに新民族主義が広がる今)日本が生き残るための、日本の最大の敵は「自分自身」である。……日本民族のサバイバルのためには、日本自身が普遍的価値を掲げ、自らの民族主義的衝動を適切に制御する必要がある>

 ここまでに異論はない。だが、この後に強い違和感を覚えるくだりが出てきて当惑させられる。

<日本が国際社会において守りたい伝統や価値があれば、自由、民主……法の支配といった普遍的価値のロジックで説明していくことだ。日本が世界各国と競争しているのは国際政治であり、過去の歴史の事実関係の判断ではない>

<イルカ、捕鯨、慰安婦……ナショナリズムは時に普遍的価値と対立するが、これを日本人にしか理解できないロジックで何度説明を試みても、結果は生まれない。引き分けに持ち込むことは可能かもしれないが、勝利はない。これは国際政治の現実である>

<(過去の歴史の議論は)国際政治ではなく……教室の中でとことんやれば良いではないか。日本の政治指導者が今真剣に考えるべきことは、普遍的価値に基づき、過去の事実を受け止めた上で、これを対外的に説明する能力を高めることだ>

 イルカ、捕鯨の問題は置いておき、慰安婦問題に焦点を絞ろう。慰安婦問題は「日本人にしか理解できないロジック」でしか説明できない、と宮家氏は本気で思っているのか。

 また、中国や韓国が現在、日本の歴史を糾弾する情報戦を国際外交戦略として大々的に展開している現実をどう思っているのか。彼らは世界各国が自分たちに呼応して日本を糾弾するように、史実を歪曲、誇張、捏造し、巧妙な論理で日本を貶めようとしている。「ウソも100回言えば、本当になる」とばかりに。それによって日本に対し道徳的優位に立ち、日本の国際的地位を引き下げようとしているのである。