6日にプロ野球志望届の提出が締め切られ、200名を超える高校生、大学生が、ドラフト指名を受けてプロの門を叩く意思を表した。今年“高校BIG3”と呼ばれる寺島成輝(履正社)、高橋昂也(花咲徳栄)、藤平尚真(横浜)、それに夏の甲子園優勝投手・今井達也(作新学院)は届けを出した。しかし、選抜優勝投手の村上頌樹(智弁学園)、「U-18アジア選手権」でジャパンを優勝に導いた林中勇輝(敦賀気比)、納大地(智弁学園)、早川隆久(木更津総合)らは提出しなかった。

決勝再試合で駒大苫小牧を下して優勝を決め、ガッツポーズの早実・斎藤佑樹投手
=2006年08月21日、甲子園球場
決勝再試合で駒大苫小牧を下して優勝を決め、ガッツ
ポーズの早実・斎藤佑樹投手
=2006年08月21日、甲子園球場
 高校生が卒業後すぐにプロ入りすべきか、大学や社会人で経験を積んでからの方が賢明なのか、はっきりした定説はない。過去の実例からいろいろと考察し、判断する以外に方法はない。

 このテーマで誰もが思い浮かべるのが、斎藤佑樹投手と田中将大投手。高校時代、日本中を熱く沸かせたライバルふたりの選択とその後の経過ではないだろうか。

 高校3年の夏、甲子園の決勝戦で延長15回を投げて互いに譲らず、翌日の再試合も息詰まる接戦となった。結局4対3、ハンカチ王子と呼ばれ国民的な人気選手となった斎藤の早実が優勝を飾った。豪球で全国のファンを魅了した田中は負け投手となった。この時点で、斎藤佑樹と田中将大、どちらが多くのファンを魅了したかといえば、おそらく斎藤の方だった。田中がプロ入りを表明する一方、斎藤は早大への進学を決めた。

 この後の4年間が、ふたりのプロ野球での成否に大きな影響を与えたのではないか、と今となっては多くのファンが考えているだろう。早いもので、ふたりが甲子園で対決してから今年はちょうど10年目になる。

 最初の4年間は、どちらもそれぞれが成果を残した。斎藤は大学1年春から東京六大学リーグ戦で好投し、早稲田の優勝に貢献した。大学通算31勝、奪三振323の数字は、十分に期待にこたえたと言っていいだろう。大学4年の秋にはリーグ戦優勝と大学日本一にも輝いている。

 田中は、プロ入り1年目の2007年から1軍で活躍。最初の年は11勝7敗、その後は9勝7敗1セーブ、15勝6敗1セーブ、11勝6敗。斎藤が大学で過ごした4年間ですでに46勝をマークした。堂々たる実績で田中がすっかりプロの先輩という風格はあったが、この時点では大学4年間で斎藤の輝きが失われたと断言されるような翳りはまだなかった。多くのファンは、いよいよプロに入る斎藤の活躍を期待した。しかし、それからの6年間で、両者の野球人生は残酷なほどの明暗を描く。