古谷経衡(著述家)


 ネット記事より紙媒体記事のほうが一等上である、というのはちょっと前なら当たり前の感覚であった。ネット媒体よりも、紙に載っているほうが高級感があったし、書き手としても紙のほうがなんとなく格が上のような気がしていた。第一、ネット媒体は不正確極まりない。校正は適当だし、校閲はあって無きがごとしではないか。最近でも、NHKの報道したわずか7分程度の特集を検証しないまま、ネットのデマを鵜呑みにした記事が出回って運営元が謝罪・訂正に追い込まれたり、某局の元アナウンサーが書いたブログをRSSを使って自動転載していたために、これが大問題を引き起こしたりと、いわゆるネットメディアの杜撰さが指摘されて久しいのである。このような「ネットの体たらく」が明るみになればなるほど「紙」は相対的に価値が上がり、珍重されていくわけだが、そう手放しで紙礼賛ばかりしてはいられないのである。

 書店やコンビニに行くと「えっ、なんなんだこの本は…」とギョッとするような「紙」が平然と出回っている。しかも平積みである。やたらとQ数(文字の大きさ)がでかく、天地の余白を大きくとって、少ない文字数でページを稼いでいる本。スッカスカのからっからで「本」と名乗っているのだから片腹痛い。

 そればかりか内容的にもギョッとなるような本が多い。ネット番組や動画で喋ったものを纏めただけの本や、あるいは今どき並の大学一年生でも信用しないようなトンデモ・陰謀論の類が繁茂している。あろうことか、言論人を名乗っているのにも関わらず、あからさまにテープ起こしに頼った本。評論と見せかけて全部対談で埋めている本。そもそもの事実が違っている本。装丁や帯だけはやたらと気合が入っているがその主張は素人水準未満の本…。これならコミケにでている自家製本の同人誌のほうがよほど良いのではないか。「紙」がネットよりも一等格が上、と思い込んでいるばかりに、このような紙媒体の質の低下は余計に目立つのである。