9月30日、週刊誌の編集者、ライターが注目する一冊の本が出た。「スクープ! 週刊文春エース記者の取材メモ」(文藝春秋社)。著者の中村竜太郎氏は2014年まで週刊文春に在籍し、活躍してきた。同世代の「スクープとは全く縁の無い」フリーライターの神田憲行氏が迫る。

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 今回の取材は個人的にも大いに楽しみにしていた。以前から中村竜太郎氏の名前は、スクープには無縁な私のようなフリーライターでもよく耳にしていたからだ。週刊文春の編集者から「うちに中村っていうエースがいて」と実際に聞かされたことがあるし、他誌の編集者、ライターも「文春のトップの中村」とたまに噂話をしていた。この本のサブタイトルに「週刊文春エース記者」とあるが、これは読者を呼ぶためだけの惹句ではない。彼は本当にそう呼ばれていたのだ。

 本では読者もまだ記憶に新しいであろう「飛鳥涼覚醒剤事件」や、のちに海老沢会長辞任にまで発展する「NHK紅白歌合戦プロデューサー巨額横領事件」など、中村氏が手がけたスクープ記事の裏側が紹介されている。

 それ以外で中村氏に印象深い仕事を訊ねると、「光市母子殺害事件」の被害者である本村洋氏の単独インタビューに最初に成功した話をしてくれた。

「本村さんのときは現場に最後発で乗り込んだんですよ。こちらは記者クラブに入っていないし、本村さんもどこにいるのかわからず、誰にも相手にされない状況でした」

 取材の世界には『現場100回』という言葉がある。事件現場に何度も足を運べ、という意味だ。中村氏は文字通りそれを実践していく。

「といってもご近所はすでに他の記者が回ったあとですから、誰も手つかずのところを探し歩いていたら、山を越えたところに加害者家族が住んでいた住宅街を見つけたんです。そこはどこの記者もまだ来ていませんでした」

 そこで聞き込んだ加害者の横顔を記事にした。それが本村さんの琴線に触れ、どこのメディアもまだできなかった単独インタビューに成功するきっかけになったという。本村さんのご両親も見つけた作業もすごい。

「僕は葬儀では花輪をよく見ます。亡くなられた本村さんの奥様とお子さんのお葬式の写真に1枚だけそれが写っているのがあって、誰から送られてきたものかルーペで名前を確認したら、本村姓のものがあった。親族に違いないと思って、電話帳でしらみつぶしで探しました。本村姓のお宅に電話を掛けて、違っていたら定規で線を引いてその名前を消す。そうやって一軒ずつ潰していって、隣の県で見つけました」

 本では駅のホームで起きた殺人事件の目撃者を探すため、始発から終電まで改札に張り込んで利用客に尋ねていくエピソードも紹介されている。その駅で見つからなければ隣の駅へ。早朝から深夜まで毎日地道に聞き込んで、ひとりの目撃者を見つけたのである。

 中村氏は「スクープを取るのに特別なことはなく、普通のことしかしていない」というが、その普通が尋常ではない。