特許は個人から企業へ 議論が進む職務発明 

『iRONNA編集部』

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 サラリーマンが発明した特許は個人のものか、会社のものなのか-。政府は職務上生み出された発明について、原則企業が特許を持つようにルールを見直す方向で検討に入った。現在の特許制度では、サラリーマンが会社の設備を使うなどして発明した場合でも、特許の権利は「個人のもの」として認められている。今年のノーベル物理学賞の授賞理由となった青色発光ダイオード(LED)の発明をめぐっても、個人と企業の「特許紛争」が大きな注目を集めたが、日本の研究者3人がノーベル賞に選ばれたのを機に、改めてわが国の特許制度について考えてみたい。

 日本の特許制度は、発明者に対し「特許を受ける権利」が認められており、特許庁への出願後、新規性や進捗性などの要件審査を経て認められれば、特許権が与えられる。特許権は他人への譲渡も認められているが、最も典型的なパターンは、サラリーマンが職務上発明した特許を勤務先の会社規則等に従って権利を譲り渡し、発明者に代わって会社が特許を出願するケースである。

 発明者にすれば、自分が考案した画期的な発明により、勤務先の企業が利益を得たのであれば、「相当の対価」として報酬を受け取るのは当然と考えるだろう。一方、会社側からみれば、研究資金や設備、同僚らのサポートなど十分な環境を整えた上で、万が一研究が失敗すればそのリスクも負うことになるのだから、職務発明の成果は企業に帰属すると考えるのも理解できる。

 現行の特許法35条では、従業員に職務発明の権利を会社側へ譲渡させる勤務規則を定めることを許容する一方で、発明した従業員個人は「相当の対価」として報酬を受け取る権利を有すると定めており、実際には企業側と発明者本人の話し合いによって報酬額が決まることになっている。

 ただ、この「相当の対価」をめぐる解釈が曖昧で、発明者本人にしてみれば「報酬額が少なすぎる」という不満も多く、結果的に会社の利益を全従業員でシェアすると考える会社側とは折り合わず、発明者個人が法廷の場に持ち込んで報酬額を会社と争うケースが増えている。

 その代表的なケースとしてよく取り上げられるのが、今年のノーベル物理学賞に選ばれた米カリフォルニア大サンタバーバラ校、中村修二教授(60)の特許訴訟である。

中村氏への報償金は2万円

 中村氏は2001年、発明時に在籍していた日亜化学工業(徳島県阿南市)に対し20億円の支払いを求めて提訴。中村氏への発明の対価として日亜側が支払った報償金はわずか2万円だったが、2004年の一審東京地裁判決は日亜側に200億円の支払いを命じ、職務発明は企業の「財産」という考え方が常識だった日本の産業界にも大きな衝撃を与えた。中村氏の訴訟は2005年1月、日亜側が8億4千万円を支払うことで和解が成立した。

 中村氏の裁判に前後して、サラリーマン技術者が「相当の対価」を求めて大手企業を訴えるケースが続出した。光ディスクの読み取り技術をめぐり日立製作所に1億6000万円超の支払いを命じる判決が最高裁で確定したほか、甘味料の開発で味の素が1億5000万を支払って和解するなどの事例が相次いだ。

 一方、訴訟リスクや企業イメージの低下を回避するため、「相当の対価」を厳密に算定し、発明者への報酬額を決める企業も増え始めた。明治製菓は「発明考案取扱規程」と「薬品発明特別報償規程」という社内規定をつくり、特別報奨金として商品発売後5年間の売上利益の0.25%、特許譲渡額及び実施料では1%で最高5000万円の範囲で支給。武田薬品工業も全世界の売上高に応じて報奨金を支払う「実績補償制度」を導入し、2004年には3000万円の上限金も撤廃した。

 こうした発明対価をめぐる社会情勢の変化に危機感を募らせたのが日本の産業界である。訴訟リスクを軽減させるために職務発明の特許が企業側に帰属するよう積極的に政府に働き掛けてきた。産業界の意向を背景に、安倍政権は2013年6月、成長戦略の一環として、知的財産戦略の方向性を示す知的財産政策に関する基本方針を閣議決定し、職務発明の特許を個人から企業に帰属させる検討方針を打ち出した。3月以降、特許庁の「特許制度小委員会」で議論が本格化。特許庁は、企業の従業員が発明した特許について、条件付きで企業に帰属させる方向で検討を進めており、近く特許法改正案を国会に提出する方針だ。

 改正案では、特許権を企業に帰属する代わりに、発明した社員に見合った報酬を支払う仕組みを企業が整えるよう義務付けることなどが検討されているという。特許庁が9月に開いた有識者会議では、経団連の委員らが「(発明者への報奨を)法律で定めるのは企業と従業員の双方にとって有意義」と表明、発明者への報酬について法規定する考えを容認する姿勢に転じた。

ノーベル物理学賞に選ばれた中村修二氏

発明は「会社のもの」で決着?

 サラリーマンの発明は「会社のもの」という流れが一気に加速しているが、労働団体や専門家からは反対の声や慎重論も出ている。「発明意欲がそがれ、優秀な研究者や技術者が海外に流出する」などが主な意見だが、中村氏も日亜を退社後に渡米し研究を続けている。

 中村氏は受賞後のインタビューで「怒りがすべてのモチベーションを生み出す」と語り、「米国は研究者にとって自由がある。アメリカンドリームを追い掛けるチャンスがある。日本の会社で発明したとしても、ただボーナスをもらうだけ」と不満をぶちまけた。

 一方、特許庁が2013年に実施したアンケートによると、発明に対する報酬などの社内規定がある中小企業は76%にとどまっている。特許法が改正されても発明した社員への「相当の対価」が経営リスクとなり、結果として企業競争力の低下につながるとの意見や、企業に特許を帰属させる条件として、企業側に発明者への報酬支払義務を課すことは企業の自主性という観点から弊害になるとの意見も根強くある。

 特許の帰属をめぐる個人か企業かの議論は今後、発明者に報いる仕組みをどう定めるかが最大の焦点となる。発明者への報酬に関する算定ルールを特許庁が示せば、訴訟リスクの軽減につながる効果もありそうだが、すべての企業にルールを当てはめるのは現実的ではないとの指摘もある。発明者と企業の双方が納得できる新ルール制定にはまだまだ議論すべき余地がたくさんある。(iRONNA編集長 白岩賢太)

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