河合雅司・産経新聞論説委員

 「日本が誇る国民皆保険制度が破綻する」-。医療関係者などを中心に、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を警戒する声が強い。だが、TPPという“黒船”を打ち払ったとしても、破綻懸念が払拭されるわけではない。むしろ深刻なのは、高齢化や医療技術の進歩に伴う医療費の急増のほうだ。

 厚生労働省の推計によれば、医療給付費は平成24年の35.1兆円から37年には54.0兆円へと膨らむ。介護は8.4兆円から19.8兆円だ。

 問題はこれを誰が負担するかであるが、政府は明確な回答を持っていない。

 国民健康保険中央会によると、勤労世代1人が支える75歳以上の高齢者数は22年からの20年間で倍増するが、この間の国保加入者の所得は2%しか伸びない。これでは、とても保険料引き上げなどできない。一方、「税投入額をさらに増やせばよい」という声も強い。だが、借金まみれの国家財政を考えれば、“つじつま合わせ”の手法がいつまでも通用するはずもない。

 年齢に関係なく支払い能力に応じて負担する仕組みに改めるべきなのだ。しかし、後期高齢者医療制度の混乱で明らかなように「わずかな負担増も許さない」という姿勢の人が目立つ。70~74歳の医療費窓口負担の2割への引き上げは凍結されたままだ。

 財源確保ができなければ、公的医療保険でカバーできる範囲を縮小せざるを得ない。高額療養費制度や難病助成も維持できなくなる。TPPへの懸念の前に、思い切った改革に踏み切れない現状をこそ、心配すべきであろう。

 状況の打開には、発想の転換が必要だ。病気に対する考え方を「治す」から「防ぐ」へと改め、戦略的に皆保険の在り方を見直すのである。

 「平成24年版高齢社会白書」によると、自立して生活できる「健康寿命」は、22年は男性70.42歳、女性73.62歳だった。13年に比べ約1歳延びたが、同期間の平均寿命の延び約1.5歳と比べると短かった。まずは、健康寿命を延ばすことである。
 政府は「健康日本21」という国民の健康づくり計画を策定しているが、政府が目標を立てただけで成果が表れるほど甘くはないだろう。

 そこで、提案したいのが「医療貯蓄制度」(仮称)である。国民に所得の一定割合を強制貯蓄させ、国が管理する考え方だ。通常の預貯金とは違い、治療や健康づくり以外には使えないようにする。使途を制限する代わりに、金利を含め思い切った税制優遇を図る。

 「医療貯蓄制度」を導入すると同時に、現在の公的医療保険の適用範囲を計画的に絞り込み、保険料は大幅に引き下げるのである。例えば、手術や入院治療は保険対象とし、外来治療は医療貯蓄制度でカバーするといった使い分けなどが考えられる。

 「家計からの支出額が変わるわけではない」との批判も出そうだが、保険料とは異なり、使わなければお金がたまる点が決定的に異なる。

 現行の保険制度では、不摂生で多くの医療費を使う人も、健康に留意してほとんど病院に行かない人も同じ保険料を負担するので、一生懸命に健康づくりをする人にとっては不満もたまりやすい。

 これに対して、「医療貯蓄制度」は“自分のお金”であるから、コスト意識が働きやすい。「老後に備えて安易な受診はやめておこう」とか、元気でいたならば資産として残せるわけだから、「健康づくりに励もう」と考える人が増えることだろう。

 医療貯蓄制度の支払い対象に、人間ドックやトレーニングジムなどを加えてもよい。予防が普及し、早期発見・早期治療に結びつけば、結果として医療や介護費用も抑えられるというわけだ。

 家族や知人のために使えるようにもする。「両親にがん検診をプレゼントした」といったことも可能だ。残高を相続できるようにすれば、税金対策はもとより、「健康」を次世代に贈ることにもなる。

 むろん、実現に向けたハードルは高い。低所得層をどうするか考えなければならないし、公的保険と医療貯蓄制度の適用範囲をどこで線引きするかは非常に難しい。だが、いまのままでは国民皆保険制度の崩壊は避けられないだろう。あらゆる選択肢を排除してはならない。

 どうせ改革を進めるならば、「崩壊を防ぐ」という後ろ向きの姿勢ではなく、主導的に見直すべきだ。少子高齢化時代においては政府に多くを求めることはできない。改革成功のかぎは、「自分の健康は自分で守る」という自助の考え方にこそある。