佐々木亮(弁護士)

 痛ましい事件が起きた。広告代理店の最大手の電通に勤務していた新入社員の高橋まつりさんが昨年末に自殺したのは、長時間の過重労働が原因だとして労災と認定されたのだ。つまり、彼女の死は、避けられたのだ。

 電通と言えば、有名な「電通事件」という最高裁判決の舞台となった企業だ。この事件は、いや、この事件も、大学卒の新入社員である労働者が過労によって自死に追い込まれた事件であった。東京地裁、東京高裁と会社の責任が認められ、最高裁でも、会社に安全配慮義務違反があったとして、電通に対し遺族への損害賠償の支払いを命じた原審の判断を維持した。最高裁判決が出たのが2000年、同事件の労働者が自死したのが1991年、すなわち、最初の事件発生から24年後、電通では再び新入社員が過労により自ら命を絶ったことになる。
立ち入り調査のため、電通に入る東京労働局の労働基準監督官=10月14日、東京都港区
立ち入り調査のため、電通に入る東京労働局の労働基準監督官=10月14日、東京都港区

過労死等防止対策推進法の成立

 周知のとおり、過労死(karōshi)は日本語の読みの通りに世界で通用する国際語となっている。日本にとって極めて不名誉な事態であるが、労働法制における過労死防止の対策は取られてこなかった。むしろ、この二十数年においては、労働法制については規制緩和が続いており、企業側にとって有利な改正が重ねられたといっていいだろう。

 他方、現実には、電通事件をはじめとして、過労死問題が社会問題として横たわっており、毎年のように痛ましい事件が発生している。電通のような有名企業かつ社会的に影響が大きな企業であれば、今回のように大きな注目を集めるが、そうではない企業や当事者の事情で公表を控えている事件も相当数あり、毎年多くの過労死・過労自死事件が発生している。

 公表されているデータでいえば、毎年厚労省が発表する「過労死等の労災補償状況」というデータがある。その中の「精神障害に関する事案の労災補償状況」に、労働を原因として精神障害(うつ病など)となった場合の労災の状況を示す数値があがっている。まず、年々増加しているのが請求件数であり、2015年度は1515件(前年度比59件の増)であった。このうち未遂を含む自死件数は199件(前年度比14件減)とされる。また、同年度の支給決定件数は472件(前年度比25件減)、うち未遂を含む自殺の件数は93件(前年度比6件減)である。

 支給決定件数について2015年度はやや減少に転じたものの(ただ、それは単に証拠が示せないことや基準の硬直的な運用で不支給となっていたりするので、額面どおりには受け取れないという実感はある)、申請件数で見ると増加は止まっていない。多くの労働者(及びその遺族)の主観としては、精神障害になった原因を「労働」に求めるケースが増えていることを示している。

 こうした中で、これまで有意な対策をしてこなかった政府であったが、過労死遺族を中心に粘り強い運動がなされ、ようやく一昨年、過労死等防止対策推進法が成立したことは記憶に新しい。それを受け、2015年には、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」が閣議決定され、今年は過労死白書が公表された。これらの動きは即効性があるわけではないが、過労死・過労自死という社会問題をなくしていく方向に、日本社会を動かしていくものであり、評価したい。