呉智英(評論家)

 『サザエさん』は1946年から1974年まで28年間にわたって連載された四コママンガである。初めは福岡の夕刊フクニチに連載されたが、いくつかの別の新聞連載を経て、1951年からは朝日新聞に連載された。

 連載期間の28年間は、終戦ほどない混乱期、その十数年後の高度成長期、1970年代のベビーブーマー世代(団塊世代)の社会進出期、と、日本人の社会意識が大きく変化する時代と重なっている。

 民俗学の祖、柳田国男によれば、日本人の社会意識、生活観というものは、過去三期の変化を見ている。初めが応仁の乱(1467年)までの千年余、次が明治の日清戦争開始(明治27年=1894年)までの400年間、そして終戦期までの50年間、この三期だ。

 千年、400年、50年、と、後になるほど、変化のスピードが早くなっている。実は、これに続く戦後70年間も、さらに分割しなければならないはずだが、柳田は1962年に没しており、これについては発言していない。最近では柳田説の異論も出ているのだが、議論の大枠としてはまず確立されたものと見ていいだろう。

 『サザエさん』の28年間は、この変化の激しかった戦後28年間なのである。敗戦によってアメリカ風の生活様式が奔流のように流入し、新憲法・新家族法(民法)が社会規範を変え、経済的繁栄は労働意識に影響を与えた。

 長谷川町子はこうした社会変化を巧みに素材として取り込んだ。そうでありながら磯野家の家族構成は基本的に変わっていない。それで読者に違和感を与えないのは、読者とともに変化を受け容れつつ時代を歩む磯野一家が描かれているからだろう。
長谷川町子さん=1970年11月19日
長谷川町子さん=1970年11月19日
 サザエは、単行本収録の第一話で、いかにも戦後期の明るくお茶目な若い女性として登場する。読者に紹介されるシーンで、ふすまを足で開けて現れるのだ。いささか不作法だが笑い話ですむ程度、むしろあけっぴろっげなうっかりぶりが好感を持たれる。この微妙なバランスが象徴的である。

 サザエの結婚も終戦期としては多数派であった見合結婚である。しかし、両家がしかるべき紹介者を通して釣り書きを交わし、興信所で身辺調査をし・・・という名家の固苦しい見合結婚ではない。公開見合と称する紹介婚である。

 日本人の結婚において恋愛結婚が多数派になったのは、1960年代後半からである。1959年、皇太子(今上天皇)の結婚が「テニスコートの恋」として大きな話題になった。しかし、記者会見で宮内庁の公報官は、これは恋愛結婚ではないと強調した。