田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 フィリピンのドゥテルテ大統領の「暴走」が国際的に注目されている。北京での中国の習近平国家主席との首脳会談後、ドゥテルテ大統領は講演の中で米国との経済面と軍事面での「離別」を強調した。米主要メディアはこの発言をすぐさまトップニュースにして伝え、世界にも驚きが広がった。ドゥテルテ政権内部できちんと意思の疎通ができているのか、各種の報道をみてもよくわからない。
10月20日、北京の人民大会堂でスピーチするフィリピンのドゥテルテ大統領(ゲッティ=共同)
10月20日、北京の人民大会堂でスピーチするフィリピンのドゥテルテ大統領(ゲッティ=共同)
 むしろ今回の訪中におけるドゥテルテ外交は、フィリピン側に安全保障面の端的な成果がなく失敗だったというのが客観的な判断だろう。なぜなら、中国の監視船によってフィリピンの漁船が排除されているスカボロー礁をめぐる状況は、21日の共同声明ではまったく触れられていなかったからだ。ほとんど外交的には成果がなく、ただ単にフィリピンと米国との安全保障面にリスクを残しただけだ。ドゥテルテ大統領は帰国後、さすがに国内・国際世論向けの火消しに懸命になっているが、このように安全保障上の重要なパートナーとの関係がギクシャクすることは、フィリピンだけではなく、南アジアや、日本を含むアジア全域にただならぬ不安定要因を生み出しかねない。

 ドゥテルテ大統領の暴走を見ていて思い出すのは、民主党政権時代の日本と米国の安全保障のギクシャクである。鳩山由紀夫内閣では、「対米従属からの脱却」というイデオロギー的な姿勢が顕在化して、沖縄の基地移転問題を契機に米国との関係が緊張化した。そのタイミングを狙うかのように、中国が尖閣諸島での侵犯行為を加速させたのは明らかである。つまり日米の集団的安全保障関係の揺らぎを、中国側は見のがさずに衝いてきたということだろう。フィリピンと米国の間にも日本と類似した安全保障条約(米比相互防衛条約)が存在しているが、今回のドゥテルテ大統領の「鳩山化」は米国との関係だけではなく、アジア全域にわたる不安定要因になりかねない。

 そもそも中国は南アジアの安全保障だけを重視しているのではない。中国の世界戦略の一環として切れ目なく構築されているものである。エコノミストの竹内宏氏は著作『経済学の忘れもの』(日本経済新聞出版社)の中で、中国の「世界制覇のための投資」が、主に資源と輸送ルートの軍事的奪取として行われていること、東アジアから南アジア、そしてインド、中東、アフリカまでの全域で漏れなく展開している様子を描写している。もちろん中央アジアやヨーロッパも例外ではない。

 経済学の常識では、自分の国だけが経済的な資源や金銭を独占することは、国際的にもまた自国経済にとっても得策ではない。例えば、竹内氏も指摘するように、中国は来たるべき超高齢化社会にむけて国内のインフラや社会保障の構築に力をいれるべきなのに、そのための重要な資源(リソース)を「世界制覇のための投資」に過剰に向けている。これは中国にとって長期的なデメリットになる、というのが経済学の常識だ。だが、中国では「世界制覇のための投資」、具体的には軍事的な過剰投資には歯止めは一切かかっていない。この観点からいうと、今回のフィリピン外交の失敗は、南アジアの安全保障リスクを高めただけではなく、日本の安全保障にも脅威となる可能性が大きい。