差別か管理社会批判か-筒井康隆断筆騒動


 何かの参考になるかと思うので、この件の概要をプレイバックしてみよう。SF作家 筒井康隆氏が書いた短編作品『無人警察』が角川書店の国語教科書に掲載されることになった。ここにあるてんかん患者に対する表現が「差別的」であるとして、日本てんかん協会から抗議をうけ、さらには筒井康隆氏の身辺にまで抗議が続き、結果として角川書店は教科書への掲載をとりやめ、それらの騒動に嫌気がさした筒井康隆氏が、作家としての活動を辞めるとして「断筆」した一件である。
筒井康隆氏
筒井康隆氏
 
 問題となった『無人警察』は、現在でも読める作品である。短編(『にぎやかな未来』 (角川文庫) 所収 )であるので、興味がある方は一読願うとして、簡単にプロットはこんな感じである。超管理社会になった未来ではロボットが警察の役目をしている。それにつきまとわれる主人公は、自分がなにか犯罪を犯しているのではないかと疑心暗鬼となる。ロボットは脳波を測定して、犯罪者を特定するからだ。さらにロボットは飲酒運転や運転中のてんかん発作の症状をも特定してしまう。しかし、自分は飲酒しているわけでもないし、ましてや運転するしていないし、てんかん患者でもない・・・なのになぜ?

 この文章が、てんかん患者を取締りの対象としている世界を描いているため、てんかん患者を蔑視し、あたかも犯罪者のように描いており、偏見を助長するというのが、日本てんかん協会の主張である。断筆宣言への軌跡 (カッパハードカバー) ところが、この短編を読めばわかるのだが、この作品は、てんかん患者をロボットが取り締まるような社会を未来的な管理社会として批判的に描いた作品なのである。

 しかし、その弁明は受け入れられることなく、こうして、日本で最も有名なSF作家のひとりである筒井康隆氏が長い「断筆」と相成ったわけである。さて、これでポイントとなるのは、そもそも管理社会を批判することがテーマであるにも関わらず、そのブラックユーモアの背景にある「正義」が別の差別を呼んでしまうというアポリアである。これについて、ブラックユーモアとは誰かを傷つけることで成り立つという、若干うかつな反論をしていた。これがさらに問題化した。ここに表現の自由というさらなるアポリアまで入りこみ、数年にわたりこの議論は続いたのである。