「ブラックユーモア」と社会批判が掲載された場所の問題


  というのは、実はこの問題は、作品そのものよりも、もっと違う力点をもっていたからだ。つまり、例えてんかん患者をも含めて人間が過剰管理される社会を批判するものとしても、著者も認めるとおり、ともすればてんかん患者を傷つけるだろう表現がある作品が、国語の教科書に使われてしまったということである。
 大学入試センター試験過去問題集国語 2017 (大学入試完全対策シリーズ) 高校といえども、国語教科書に掲載される作品は、その読解術や鑑賞術を学びとることが目的のものだ。つまり、その教科書が提供される生徒は必ずしもその作品のテーマや真意、レトリックや背景などを、必ずしも会得していないということが前提となる。簡単に言ってしまえば、作品のストーリーをそのまま受け取ってしまい、てんかん=悪という考えをもつ可能性もあるのである。

 実際、てんかん患者の高校生を持つ親からすれば、これは深刻な懸念であろう。自分がその立場だったら、教科書に掲載などもっての他ということになる。それはもちろん作品の評価とは全く別だし、管理社会批判のテーマへの賛否ともこれまた別の話である。実際にこの作品をてんかんの持病をもつ生徒が読めば、思春期の時期であるから傷つくこともあるだろうことは容易に想像できる。

 ようするにもっともこれに関して責任があるのは、その掲載を決めた出版社にある。角川書店は、この後、抗議の殺到に結局は掲載の中止を決め、それがまた作者に了解がなかったものであったため、さらに事態を複雑にした。もちろん作者にも迂闊な反論や、また抗議する側にもあきらかに過剰にやりすぎた面もあったのも付け加えておこう。

 この件、それではどのようになったかというと、おおよそ以下のように落ち着いた。

・教科書への掲載の取りやめは、いじめなどを引き起こす恐れもあり、作者も同意。
・日本てんかん協会は、この種の表現の問題については抗議する自由があることを作者とともに確認。
・ただし、表現の自由は尊重されるべきであり、それを物理的に妨害するようなものは許されない。

 この「合意」に関する議論はまた別にあるのだが、これは本論と外れるのでおいておこう。