誰もSNSを止められない


 インターネットの情報発信がここまで手軽に、まるで空気のように発信できるようになると、あることないこと書かれても仕方がないというあきらめの境地になってくる。しかし、ネットユーザーの大半は悪意があるわけではないのだ。それでも、偶然見かけたインパクトのある記事にユーザーがついつい脊髄反射して、拡散の一助となる傾向も多くなった。

燃え上がる栗原敏勝容疑者の自宅=23日午前、宇都宮市(住民提供)
 また、みんながバッシングしているものには盲目的に参加し、自分のストレス発散ツールとするヤカラも少なくはない。ネットの世界は反応しない大多数よりも、ごく一部の暇でストレスを抱えているごく少数の人たちの“複数連打”が、あたかも大多数の意見のように見える場合があるからだ。さらに、基本的にはコントロールや管理が不可能なメディアだ。しかし、常識を逸脱したものは、ネットの中でも自浄作用が働いて沈静化していく。もっとも問題なのは、なんとか内密に処理したいという行動こそが、一番興味をそそり話題になりやすい。人のプライバシーに関することは、時代を超えて盛り上がる国民性でもあるからだ。

 例えば、10月24日に起きた宇都宮連続爆破では、自殺した容疑者のアカウントのYouTube映像がネットでは早い段階から拡散されはじめていた。本人かどうかもわからない状態から、その素性が数分おきにネットで晒され、容疑者の心情分析が行われた。次に、ネットの中で確認された動画がテレビでも流れ始めていく。強烈な爆弾事件と能天気な体操シーンの映像は、犯人に対しての憎悪を醸成しかねない。しかし、実際に容疑者の生前の肉声を聞くと、この事件の社会における位置付けがかなり変わるように感じた。

 しかし、元自衛官が爆弾で自殺するのは自爆テロに近い。もしこの容疑者のビデオを映画『マイノリティ・レポート』のように事前に耳を傾けることができたらどうだっただろうか。

 事件当事者のfacebookやTwitterで、にわか捜査官が心理分析戦を行うのもSNS時代の他人のプライバシーをネタにした時間消費の一環となり、ネタとしてのコンテンツ消費となってしまっている。そして、その片棒を大手メディアが「ネットで話題」として担いでいる。そしてさらに話題がネットに還流していくことで話が大きくなっていく。わさびの増量だけでは、ここまでハナシは大きくならない。むしろ筆者にとっては、「幸楽苑」の従業員の親指がラーメンに混入していたニュースのほうがわさびよりもショッキングだ。当初、幸楽苑は「爪の一部の異物混入」と発表していたが、ネットでは既に北野武監督の映画「アウトレイジ」の指を詰めるシーンが引き合いに出されている。その後、「人の指」と認めた。

 かつてなら店の周辺だけで収まる話が、スマホで一気に証拠の写真やビデオと共に拡散される時代だから、隠蔽は完全に不可能な時代なのだ。