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 若きアフリカ研究者が、新たに調査場所として選んだ、中国の広州インフォーマル製品を求めてアフリカ商人が集うが、日本の中古品にもチャンスはある。

 21世紀はアフリカの世紀だといわれる。豊富な天然資源に恵まれ、安定的な人口増加と経済成長が見込まれるアフリカは、日本にとって重要な貿易相手や新しい市場として注目されるようになった。しかしアフリカ諸国の商店や市場にあふれかえるのは、中国製品である。本稿では、アフリカの消費者にとっての中国製品の魅力を探ることで、日本の中古品ビジネスの可能性を提示したい。

日本の中古品vs中国製品

 私は、露天商や行商人の商慣行を調査するために、2000年からほぼ毎年、タンザニアに通っている。現地では10年来の友人であり、調査の有能な助手でもあるブクワの家に居候している。ブクワの子供たちは、「我が家のクリスマスはサヤカが来た日だ」と、私が持ってくる土産をとても楽しみにしている。ただ、次男だけは、現地で欲しいものを一つ買ってもらうことを好んでいる。これまでもラジオや、サッカーボールなど多様なものを買い与えたが、昨年、小学4年生になった彼に自転車が欲しいとねだられた。

 次男に手を引かれて、幹線道路沿いの商店を訪れた。彼が何カ月も前から目をつけていた自転車は、真新しい子供用マウンテンバイクだった。値段は8万タンザニアシリング(約1万3000円)と少し高いが、毎日、遠くまでお使いを頼まれる彼への贈り物として、よい買い物に思えた。
 
ところが、このプレゼントをめぐり、その日の晩、騒動が起きた。父親のブクワは自転車をみて「すぐに大きくなるのに子供用自転車を買うなんてもったいない」と激昂した。母親は、とにかく自転車が中国製であることが気に入らない。彼女は「規格が似通った新品自転車はすぐに盗まれる。盗まれなくても中国製品は数カ月で壊れる。いますぐに中古自転車と交換してきなさい」と金切り声をあげた。だが、子供たちは「中古のおしゃれな子供用自転車は値段が高い。それに中古では、壊れても部品が手に入らない」と徹底抗戦の構えだ。しまいには近所の住人を巻き込んで、丈夫で性能の良い中古自転車か、安くて部品が手に入りやすい中国製の新品自転車かで、大論争になった。

 結局、私は翌日店に戻って、少し大きめの無難なデザインの中古自転車に買い替えた。ちなみに中古自転車のほうが値段は高く、9万(約1万4000円)であった(写真1)。
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9万シリングの中古自転車(写真1 )
(SAYAKA OGAWA)


 タンザニアの消費者は、自転車に限らず、中古品と中国製品のどちらを買うか、あらゆる商品の買い物で葛藤している。

 「中古の日本製のブラウン管テレビなら3年はもつ。新品の中国製薄型テレビは、2年もつかどうか」「本物のナイキのスニーカーは長持ちする。だが中古で最新の型を安く手に入れるのは難しい。中国製の偽物ナイキは中古品の半額で簡単に手に入るが、3日で靴底が剥がれる」。

 誤解されがちだが、タンザニアの消費者は、SONIやHITATIといった中国製の模造品やコピー商品と、オリジナルのSONYや製品の違いを中古品との比較でよく理解している。大半の庶民にとって、新品のオリジナル製品は手が届かないが、中古品なら手に入るのだ。自転車に限らず、大半の中古品の価格は、輸送費や関税で決められる。

 たとえば、日本の中古自転車なら、不法駐輪された自転車や一般家庭から廃品回収された自転車などが輸出されている。この原価がほとんどかからない中古品と同じ価格、むしろ安い価格で販売されているのが中国製品なのである。

10兆ドルの経済価値

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広州市の巨大卸売店街(写真2)
 (SAYAKA OGAWA)

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沢山の商品を買い付けた
アフリカ人がよく見られる (写真3)
(SAYAKA OGAWA)
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少量多品種の商品が揃う(写真4)
(SAYAKA OGAWA)

 アフリカ諸国で出回っている模造品の多くは、知的財産権保護の観点から問題視される高模造品ではなく、いっけんして偽物だとわかる低模造品である。

 中国の広州市には「チョコレート城」と呼ばれる巨大な卸売店街がある(写真2)。ここにはアフリカ各国から膨大な数の商人が衣類から家電製品、携帯電話、おもちゃに至るまで、多様な商品を買い付けに集まってくる(写真3)。税金を払わず、法や規制の網の目をかいくぐって営業する彼らは、正式な雇用統計に載らない、いわゆるインフォーマルセクター(非公式部門)である。

 これらの商人の経営規模は零細だが、全体的な規模は驚くべきものだ。

 『「見えない」巨大経済圏』(東洋経済新報社)の著者であるロバート・ニューワース氏によれば、インフォーマル経済は世界中で18億人もの人間に雇用を提供し、その経済価値は10兆ドルにも上る。近年では、このトランスナショナルなインフォーマル交易の急速な発展を「下からのグローバル化」などと呼び、それと多国籍企業や先進諸国が主導する「上からのグローバル化」との違いや、関係を分析する研究も増加している。かつて「偽装失業層」の巣窟とされたインフォーマル経済の新展開は、中国の経済成長だけでなく、世界各地のインフォーマル経済の住人たちの不確実な環境を生き抜くための知恵や戦略、思想が共鳴しあうことで生じているものだ。

 私が長年調査してきたタンザニアの零細商人たち─中国語はおろか英語すらおぼつかない若者たち─のあいだでも、チャイニーズ・ドリームに挑戦するために、数十万円から数百万の資本をかき集めて中国に飛び立っていく者が後を絶たない。

 広州市に出かければ、携帯電話を片手に卸売店街を歩き回るアフリカ系商人の姿をみることができる。彼らは、買い付け仲間や現地の商人らと連絡をとりながら、セレクトショップのディーラーのように、複数の卸売店を回りながら、ワンピース10枚、Tシャツ20枚、ベルト40本と多様な商品を少しずつ買い集めていく(写真4)。この商品や仕入れ先の多角化は中国の市場とアフリカ市場の双方に対応した戦略である。

 中国における模造品生産は、『中国モノマネ工場』(日経BP社)に詳しいが、その第一の特徴は圧倒的なスピード感にある。著者である阿氏によれば、山寨携帯(コピー携帯)は、年間にして1000種類以上の新商品が生産される。この回転の速さ、そして模造品の価格の安さは、単に開発費が不要なだけでは実現できない。

 紙面の都合上、詳述できないが、中国には「自分にできること」をおこなう零細製造業者たちがおり、それぞれの生産したパーツを、ウィキペディアをつくるようにカスタマイズする市場がある。ここでの製造業者の戦略は、「試しにつくってみる」「まずは激安価格で販売し、売れた商品の値段を後から引き上げる」といった「賭け」と、ダメだとわかったら─製品の高度化や連携の構築を目指すのではなく─すばやく撤退、他製品・業種への転戦をおこなう「逃げ足」の速さで成り立っている。

 さて、品質管理がなされない中国製品は不良品が多く、アナーキーな市場では詐欺も横行しており、地下銀行や不法就労等の賄賂の支払いを含めて、流通チェーンの各段階での取引コストは非常に高い。そのため、アフリカ系商人たちにとって、一つの商品、特定の得意先に依存した商売をおこなうことは、非常に危険である。それゆえ、彼ら自身も「試しに仕入れてみる」という商品・仕入れ先の多様化をリスク分散の戦略として実行する。

 また低模造品の世界は、製造業者とアフリカの消費者のいたちごっこで動いている。たとえば、アフリカでタイ製の衣料品のほうが縫製がよいと需要が高まると、すぐさまMade in Thailandのタグのついた中国製衣料品が製造される、特定のアプリのマークで偽スマホは判別できると噂が広まると、マークが改善された偽スマホが製造されるといったことである。

 この「いたちごっこ」のはざまで交易を担うためには、組織化して大量仕入れを試みるより、有象無象の零細商人たちが少量ずつ買いつけ、スピーディーに販売し戻ってくるという構造に利がある。そして、こうした中国製品の安さとスピード感は、実際にはアフリカの消費者の購買行動にも合致している。

「安かろう悪かろう」を超えて

 タンザニアの行商人は「雨が降ってから傘を売る」という。「貧しい暮らしをしている人々は、必要に迫られないとものを買わない」からだ。私は、中古品と中国製品とのあいだで悩んだ友人たちによく意見を求められたが、たいていの場合、彼らには「日曜日に上京してくる母親にテレビを見せたい」といった差し迫った事情があった。結果として選ばれる中国製品の「安さ」は、実際にはタンザニア人の平均的な購買力ではなく、緊急時でも出せる価格に照準があっているのだ。

 しかし一方で、私の友人たちは「目の前を通った行商人が持っていたシャツが気に入った」「懐が温かいと何か買わないといけない気がして扇風機を買った」と、偶発的な買い物をかなり気軽に行う。矛盾しているようにみえるが、「計画的にものを買わない」という意味では同じ行為である。

 日本では景気が停滞すると、消費を先延ばしにする人々が増える。だが、この延期消費はよくなっていくかどうかは別として、未来がある程度、予測しうる状況であるからこそできることである。タンザニア都市部で正規の雇用機会を得ている者は、人口のわずか2割強である。多くの人々が従事する零細自営業や日雇い労働での収入は極めて不安定で、数カ月後に同じ仕事をしているかさえ不確かである。未来が予測不可能な状況に生きる人々は、「今この時を逃したら、いつまた商品を買えるかわからない」という理由でモノを買うことも多いのだ。

 また貨幣への不信、親族等からの無心への対応とあいまって、少額の現金を形に残るモノに変えたいという欲求もある。このような消費行動に対応するためには、必ずしも広告とマーケティングにより特定の商品の販路拡大を目指すことは適切ではない。むしろ、外見上のわずかな違いしかなくても新商品をスピーディーに供給し、商品との「一期一会性」を高めることが、消費の促進につながることも多い。

 ヴィトンの柄にシャネルのロゴがついたバッグ、玩具のようなサッカーボール型携帯、このストリート的想像力に基づいた「奇抜な」模造品は騙し目的ではなく、アフリカの人々の偶発的な消費の楽しみに即応して流通しているのだ。

中古品の価値

 日本において中古品が取り上げられるときは、「リサイクル」─環境保護─や「社会貢献」─貧者の支援─がクローズアップされがちである。しかしアフリカ諸国の人々にとって日本の中古品は、中国製品との比較で価値づけられている。冷蔵庫や洗濯機など比較的長期にわたって利用する家電製品の場合、「品質」が重視されるので中古品が根強い人気だ。ただし衣類や小型電化製品などの流行にあわせて頻繁に買い替えるものは、急速に中国製品に置き換えられつつある。

 また中古品は、供給元の収集方法により製造時期や性能、デザインが不揃いな製品が店頭に並ぶことになる。旧型は部品が手に入りにくいし、高度な技術が駆使された最新モデルは修理が困難だ。

 明らかなことは、中古品が中国製品に完全に置き換わった後では、日本の製品の価値を改めて理解してもらうのは難しいことだ。アフリカの消費者の購買力が本格的に伸びるまでには少し時間がかかるが、それまでに日本製品の魅力を彼らの購買行動に即して伝えるために、中古品ビジネスの再興を考えるのも面白いのではないか。