西村幸祐

 10月8日に韓国検察が産経新聞の加藤達也前ソウル支局長を起訴した。朴槿恵大統領の名誉棄損だという。8月上旬に加藤支局長(当時)に出国停止措置が取られ、その後、繰り返し取り調べを受けた時点で、日本政府や日本のメディア界は「遺憾」や「懸念」を表明していたが、より強い抗議をするべきではなかったのか。
 今回明らかになったのは、韓国が言論弾圧国家であり、それも侮日という日本差別と病的な反日原理主義に基づいた全体主義の国であるという、当たり前の事実なのである。
 産経がWEBで報じた朴大統領のセウォル号沈没時の〈疑惑の行動〉は、朝鮮日報が報じたものを引用したものに過ぎない。それを、韓国検察は10月8日、加藤前支局長の「反省が見られない」という理由で在宅起訴をした。もちろん、出国停止処分も解かれていない。10月7日にはソウルの産経新聞に韓国の極右団体が抗議に押しかけ、建物に不法侵入しそうになった騒動も起こしている。
 韓国検察の起訴は検察の独断でなく、事前に大統領府に伝えていることから朴槿恵大統領個人の意向が関与していることは間違いない。
 9日になり菅官房長官は午前の記者会見でこれまでも政府や日本の言論機関が「遺憾」や「懸念」を伝えてきたことに触れた上で、「そうした声明や動きをいわば無視する形で起訴されたことは極めて遺憾だ。民主国家においては、最大限尊重されるべき報道の自由との関係では、法執行は抑制的でなければならない。そういう国際社会の常識とは大きくかけ離れている。事実関係の詳しい確認と懸念を伝達する」と述べた。
 菅氏の言葉には〈非難〉〈抗議〉という言葉はなく、これまでより非難のトーンを出したものだが、抑制的だった。これに対し、共同通信が「抗議はしないのか」と質すと、菅官房長官は「まず、事実関係の確認を韓国政府に行う」と応じた。
 また、平成24年11月以来、1年11カ月ぶりに米国で行われる日韓財務相会談について、予定通り行われるとの見解を菅官房長官は示している。そこでは外貨を融通し合う、いわゆる通貨スワップについて意見交換する見通しだが、経済でも崩壊寸前の韓国が日本に経済援助を求めることに等しい会談に日本の世論は厳しい視線を向けるだろう。当然である。
 冒頭述べたように、極めて抑制的な日本の対応は韓国に舐められるこれまでの50年の日韓関係の歴史そのものであり、河野談話という〈悪の巨魁〉を生んだ温床になったものだ。

 さすがの韓国メディアも左派系のメディアを中心に今回の韓国政府の判断にやや批判的である。一方、日本のメディアも9日午前の官房長官記者会見後は韓国に批判的だが、第一報が報じられた8日夜のTV報道は決してそうではなかった。
 時事通信がソウルから韓国駐在の外国メディアでつくる「ソウル外信記者クラブ」の「自由な取材の権利を著しく侵害する恐れがあり、深刻な憂慮を表明する」との声明を伝えたのは8日の遅い時間だが、特派員協会が声明を出すほど重大なニュースである。
 にも拘らず、驚いたことに、NHKの「NW9」は9時45分頃に「いま、入ったニュースです」との嘘の前触れで、付け足しのように事実関係を伝えただけである。大越キャスターがコメントを残すことはなかった。ニュース・ウオッチというのだから、報道番組のはずである。共同通信の第一報は20時20分であり、産経は20時34分に詳細に報道している
 テレビ朝日の報道ステーションでは、古館キャスターが自らの見解で珍しくまともなことを言ったものの、朝日の恵村順一郎論説委員は韓国の言論弾圧を肯定するかのように沈黙を通すような演出になった。恵村氏は朝日新聞の論説委員であり、朝日は韓国の言論弾圧を黙認したことと同じなのである。このように、10月8日夜の一連の日本TVメディアの報道は、大雑把に言えば、韓国の言論弾圧に加担する、NHK、テレ朝(朝日新聞)という構図になったのである。
 面白いことに、絶好のタイミングで8日に韓国聯合通信は、《韓国・崇実大が村山元首相に名誉博士号 あす授与式》というニュースを配信した。
《【ソウル聯合ニュース】韓国の崇実大は8日、日本の村山富市元首相に対し名誉博士の学位を授与すると発表した。村山氏が日本の植民地支配や侵略について率直に謝罪した点を高く評価したという。
 韓献洙(ハン・ホンス)学長は同大が日本植民地支配下の1938年に朝鮮の大学で唯一、神社参拝を拒否し廃校処分を受けたと紹介。「日本の蛮行に対する許しと和解の意味で、日本の良心的指導者である村山元首相に名誉博士の学位を授与する」と説明した。
 村山氏は9日の授与式前に記者会見し、「村山談話」を否定する動きを見せる安倍晋三政権に対する見解を述べるとみられる。
 村山氏は首相だった1995年、日本の過去の植民地支配と侵略を謝罪した村山談話を発表した》
 河野談話の2年後の村山談話が河野談話を構成した嘘をさらに上書き、増幅したものであることが、今回の産経前ソウル支局長言論弾圧事件を象徴している。韓国の言論界では反日原理主義という全体主義に覆われているからである。

 一方、米国は米国時間8日の国務省会見で、サキ報道官が「われわれは言論・表現の自由を支持する」とし、「検察当局の捜査を注視していたが、現時点で追加情報がない」と説明し、韓国の名誉毀損に関する法律について、国務省が毎年公表している人権報告書(2013年版)でも指摘したように「懸念している」と述べた
 国務省の人権報告書は韓国の名誉棄損に関する法律を「報道活動に萎縮効果を及ぼし得る」と批判し、2012年に名誉毀損で訴えられたのは1万3000人以上で、3223人が有罪判決を受けたと記している。この法律は恐らく親北朝鮮勢力が立法化した人権法案と関連があるものだろう。
 韓国の「国家人権委員会」が北朝鮮の人権問題には極めて冷淡だ。韓国の市民運動や人権活動が親北派で占められ、人権委員会に圧力をかけることが知られている。そもそも韓国の人権委員会は設立の過程で、特定の政治勢力の政治活動を促進し、一般的な人々の人権を抑圧する性格を持っていた。それがそのまま、韓国の〈言論の自由〉にも繋がっているのではないだろうか。
 公園で「日本統治は素晴らしかった」と言った90代の老人が、その場で撲殺される事件が起きたことも最近では多くの日本人が知るところとなった。〈親日〉サイトを作った中学生が逮捕されるのが韓国の常識なのである。そもそも、反民族糾弾法という親日派を罰し、子孫の財産まで奪う法律を2005年に成立させたのが韓国という国家なのである。

 今回の産経前ソウル支局長言論弾圧事件は、ただの言論弾圧、報道の自由をめぐる事件ではなく、日本と韓国の安全保障上のスキームに一大転換をもたらす出来事として認識されなければならない。そして、それは、国交正常化後50年になろうとする日韓関係そのものを根底から問い直す事件なのである。
 日本が日清戦争に勝利し、朝鮮を清の属国から解き放ち、独立させてから来年で120年目に当たる。それは、シナが古代から唱えてきた華夷秩序の冊封体制を崩壊させる歴史上の大事件であり、アジアの近代史の始まりでもあった。そして、いま、また朝鮮が華夷秩序に従い、中国共産党が支配するシナの冊封を受ける歴史の転換点でもあることを示唆している。

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西村幸祐(にしむら・こうゆう)批評家・作家・ジャーナリスト、一般社団法人アジア自由民主連帯協議会副会長、戦略情報研究所客員研究員。 昭和27年(1952)東京生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科中退。在学中より「三田文学」編集担当。「ニューミュージック・マガジン」(現「ミュージック・マガジン」)、音楽ディレクター、コピーライターを経て1980年代後半からF1やサッカーを取材、執筆活動を開始。2002年日韓共催W杯後は歴史認識や拉致問題を取材、執筆。「撃論ムック」「ジャパニズム」を創刊、編集長を歴任。 著書に『ホンダ・イン・ザ・レース』(講談社)、『幻の黄金時代―オンリーイエスタデイ ’80s』(祥伝社)、『「反日」の正体』『「反日」の構造』(文芸社文庫)、『マスコミ堕落論』(青林堂)、『NHK亡国論』(KKベストセラーズ)など多数。