かくも新鮮な構想のもとで、たとえば「1962年」の項目を担当したカリフォルニア大学デイヴィス校教授ジョシュア・クローバーはボブ・ディランが先輩歌手ウディ・ガスリーを礼讃する「ウディに捧げる歌」を作曲し本格デビューを飾った年であることを確認し、ディランの歌はピカソやガートルード・スタインの文化的影響力にも匹敵すると評価してやまない。「時代は変わる」で歌われているように、1960年代に登場したディランは既成の文化を崩壊させる要因となった。

 ここで振り返ってみると、そもそもウディ・ガスリーといえばリンドン・ジョンソン第36代大統領がアメリカ国歌にしたらどうかとさえ提案したという名曲「この国は君たちの国」(1952年)で知られるけれども、彼自身の霊感源になったのが、のちの1962年にノーベル文学賞受賞作家となるジョン・スタインベックの名作『怒りのぶどう』(1939年)だったといういきさつがあったのを思い出す(拙著『アメリカ文学史-駆動する物語の時空間』(慶應義塾大学出版会、2003年)。

 スタインベックがガスリーに影響を及ぼしただけではなく、ポップシンガーが主流文学者に逆影響を及ぼした可能性も、ここには確認されるだろう。文学史と音楽史は必ずしも昨今のラディカルな実験的理論が強引に融合させたものではなく、すでに二十世紀中葉において難なく相互影響し合っていたことの、これは最大の証左である。時代はすでに変わっていたのである。