西アフリカのエボラ出血熱の流行は死者が3000人を超え、なお拡大を続けている。1976年にザイール(現コンゴ民主共和国)のヤンブクという小さな村で最初の流行が発生して以来、エボラウイルスの感染は散発的にアフリカで発生しているが、いずれも地方レベルの流行で抑えられてきた。ところが今回は感染が大都市圏にまで拡大し、エボラ流行史上最悪の事態となっており、世界保健機関(WHO)を中心とする国際社会の支援にもかかわらず、流行終息への見通しは未だ立っていない。

 現状はすでに一つの疾病の流行にとどまるものではなく、ギニア、リベリア、シエラレオネの3カ国では、保健基盤を含めた社会機能の崩壊や治安状況の悪化を招き、国内だけでなく地域全体が不安定化しかねない危機的な状況に陥っている。ニューヨークの国連本部では9月18日、安全保障理事会が緊急会合を開き、各国に対応を呼びかける決議を採択した。一方で、エボラウイルスの感染経路は基本的に、感染した人との直接の接触による血液などの体液を介した限定的なものであることから、渡航制限など措置をとることは流行国を孤立させるだけで正当化できないことも明確にしている。

 こうした呼びかけに応じるかたちで国連総会では各国からの支援表明が相次ぎ、わが国も9月25日(日本時間26日)、安倍晋三首相が一般演説でエボラ対策に4000万ドル(43億円)の追加支援を表明した。これまでの拠出と合わせると、今回の流行に対するわが国の支援は計4500万ドル(約48億円)に達している。

 感染症の流行という公衆衛生上の問題を「国際の平和と安全」に対する危機と位置づけ、安保理が決議を採択するのは、2000年と2011年に続いて3例目となる。前の2回はHIV/エイズに関する決議だった。

 安保理では15の理事国が国名のアルファベット順に1カ月交代で議長国を務める。2000年1月は米国の順番で、1月10日にはまる1日かけてアフリカのエイズの流行をテーマに集中討議を行った。このときは当時のアル・ゴア米副大統領が議長を務めている。

 ゴア議長は演説の中で、この会合を「歴史的セッション」と評し、「安全保障は新たな幅広いプリズムを通して見る必要がある」と述べた。冷戦後10年を経て、安全保障は国家間の紛争や戦争の抑止だけにとどまるものではなく、保健医療、開発、貧困、政治的腐敗、環境、麻薬、テロ対策などさまざまな課題を視野に入れる必要があることが広く認識されるようになっていたからだ。日本が力を入れて取り組んでいた「人間の安全保障」にも通じる考え方である。

 それら諸課題の中でもこの時点で、とりわけ重視されていたのが世界規模で広がるHIV/エイズの流行だった。安保理の集中討議を出発点として、同じ2000年の7月には九州沖縄サミットの議長国・日本が、途上国の感染症対策に対する新たな追加的資金の確保を各国首脳に呼びかけ、翌2001年6月の国連エイズ特別総会を経て02年1月に世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)が創設されている。

 さらにその翌年の03年1月には当時のブッシュ米大統領が一般教書演説で、PEPFAR(大統領エイズ救済緊急計画)創設を発表している。21世紀の最初の10年間にアフリカをはじめとする途上国でエイズ治療の普及が進み、それが予防対策にも大きな成果をもたらしてきた。こうした変化は、抗レトロウイルス治療(ART)の進歩とともに、上記のような政治の意思と資金によるところが大きい。

 そのグローバルファンドが今年9月8日、公式サイトに掲載したニュースフラッシュで西アフリカのエボラ流行に関する対応を明らかにしている。日本国内で支援活動を続けるグローバルファンド日本委員会のウエブサイトにも、このうち「エボラ出血熱への対応」「システム強化の必要性」の2本のレポートが日本語仮訳で掲載されているのでご覧いただきたい。

 今回のエボラの流行は、もともと保健システムの基盤が脆弱だった西アフリカ諸国で発生し、その基盤の弱さのために、本来なら防げるはずの医療の現場でも感染が広がっていった。また、そのことが逆に各国の保健システムの一層の脆弱化を促し、混乱に拍車をかける結果を招くことにもなった。流行国では医療従事者の人材不足が深刻化して、エボラだけでなく、初期症状が似ているマラリアや継続的な対応が必要なHIV/エイズ、結核など他の疾病の治療さえ困難な状態に陥っている。

 グローバルファンドはエイズ、結核、マラリアという世界三大感染症の流行に対応することを目的に設立された基金だが、保健システムがうまく機能しなければ、個別の感染症の治療や予防も困難になる。逆にエイズ、結核、マラリアという個別の疾病への対応を疎かにして流行の拡大を止めようとしなければ、保健システムは強化されるどころか、ますます機能しなくなってしまうだろう。

 国際保健分野では、途上国において保健システムの強化に力を注ぐべきか、個別疾病対策を優先させるべきかという議論が10年ほど前から続いてきた。横に広く保健システムを整備する「水平」アプローチか、疾病ごとに縦に対策の充実をはかる「垂直」アプローチかということで、水平垂直論争などと呼ばれることもあった。しかし、激しい議論と実際の現場における経験を通して明らかになったのは、結局のところ二者択一の問題ではなく、どちらも重要だということだった。

 西アフリカにおけるエボラの流行に対し、グローバルファンドは、疾病間の保健情報の共有化を進め、エイズやマラリアのプログラムの従事者をエボラ対策に応援派遣するなど、危機への対応を可能にするため、個別疾病の枠を超えて柔軟に人材や資金を活用していく方針を打ち出している。

 医療基盤強化への投資が個別疾病対策の有効性を高めること、あるいは医療基盤の限界が個別疾病対策の効果を制限する結果になることは、グローバルファンドがすでに何度も経験しているところであり、最近はエイズ、結核、マラリア対策を推進する際にも、そのプログラムに必ず保健システム強化(HSS)の要素を含めるようになっている。その意味ではむしろ新たな方針というよりも、これまでの教訓を生かし、エボラ危機に際してその方針を再確認したといった方がいいかもしれない。

 日本は九州沖縄サミットにおける感染症分野への貢献から、グローバルファンドのコンセプトの生みの親として高い評価を受けてきた。このことは国際保健分野の専門家の間ではかなり有名なのだが、一般にはあまり知られていないのではないか。苦しい停滞期をくぐり抜けてきた21世紀の日本にとって、こうした評価は貴重な外交資産であり、それを生かしていくことは日本の国益にも十分にかなう。今回のエボラ危機は積極的平和主義を掲げる安倍外交にとって、まさに存在感を発揮する重要局面でもある。感染症対策をめぐる国際社会の動きには引き続き高い関心を示していく必要がありそうだ。

※この記事は、特定非営利活動法人エイズ&ソサエティ研究会議のブログマガジン TOP HAT News第73号(2014年9月)に投稿したものをベースに大幅に加筆しました。(宮田一雄)