常見陽平(千葉商科大学 国際教養学部専任講師)

 きっかけは、みうらじゅんだった。彼は若い頃、家出をしたことがあるそうで。外でギターを弾きながら、ボブ・ディランを歌い、彼に一歩近づけた気になったとか。自宅に電話したところ、家出したと認識されていなかったそうで、普通に「帰ってきなさい」と言われるという結末。中学生の頃、そんなエピソードを宝島系の本で読んだのを妙に覚えている。
みうらじゅんさん
みうらじゅんさん
 というわけで、私はボブ・ディランという人がいるということを、中学時代にみうらじゅんのエッセイで知った。その後、RCサクセションの問題作『COVERS』で、「風に吹かれて」の忌野清志郎による超訳日本語版を聴き、衝撃を受けた。もっとも、さらに衝撃を受けたのは、高校時代にレンタルCD屋で聴いたボブ・ディランだった。

 何が衝撃かというと、最初は何がいいのかわからなかったのだ。オーケー、認めよう。当時の私は、ひたすら薄暗い刺激を求めロックに熱中していた。ボブ・ディランを楽しむには私は若すぎた。彼の音楽も私に理解されることを欲していなかったのだろう。と、毎年、ノーベル文学賞を受賞するのかどうかでそれなりに盛り上がる村上春樹風に書いてみる。でも、そんな感じだったのだ。

 それよりも、著名人が影響を口にし、時にカバーするのがボブ・ディランであり。いわば、そんな「孫引きボブ・ディラン」で現在まで生きてきた。年齢を重ね、ボブ・ディランの魅力、影響力がわかり始めたのは、つい最近だ。いや、まだまだわかっていないのだと思う。