ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した。朝日新聞の2016年10月14日付朝刊は、1面トップ記事で紹介している。いろいろ考えた。個人的には、嬉しい。とはいえ、ボブ・ディランが今、ノーベル文学賞を受賞する理由と、それが彼にとって良いことなのかどうかを考えてみる。前出の記事によると「偉大な米国の歌の伝統に新たな詩的表現を作り出した」「彼が偉大な詩人ということに尽きる」「彼の詩は歌われるだけでなく、読まれるべきものだ」などが受賞理由としてあげられている。
2012年5月、大統領自由勲章の授与式典に出席したボブ・ディラン氏(左)とオバマ米大統領=ワシントン
2012年5月、大統領自由勲章の授与式典に出席したボブ・ディラン氏(左)とオバマ米大統領=ワシントン
 ただ、それだけだろうか?ボブ・ディランの歌が反戦歌として歌われた時代は、戦争の時代だった。現在はテロの時代である。国や地域の関係は緊張感のあるものになっている。彼の受賞というのは、平和を訴えるという意味もあるのではないか。なお、2016年10月14日11時30分更新の朝日新聞デジタル版の記事によると、彼には、まだ受賞の報告の電話がつながっていないらしい。彼が今回の受賞に対して、何とコメントするのかも気になっている。そもそも、賞を受け取るのかも。

 個人的な孫引きボブ・ディランの最高峰は、この、みうらじゅんの自伝的小説だ。みうらじゅんといえば、肝心の漫画の方はこれくらいしか読めていないのだけど。内田裕也が「ロックンロール」と叫びつつ代表曲が「コミック雑誌なんかいらない!」しか浮かばないのと近いのだが。今日はこの本を読み返しつつ、ボブ・ディランについて考えてみることにする。風に吹かれつつ。