アラビア文字の看板を掲げる店が立ち並ぶ通りを、顏、全身を真っ黒なヴェールで覆った女性が行き交い、路端には水煙草を吸う男たちがたむろしている。

 ここはイスタンブールか? テヘランか?

 一昨年、20年ぶりにドイツを訪れた際、都市中心部の「景色」に驚いた。いまやドイツでは、人口の約4分の1、首都ベルリンに限れば3分の1が、移民の背景をもつ人々で、中核を成すのは70年代以降、労働者として来たトルコ系の人々とその子孫である。

 旅行者の私にとっては、エキゾチックな景色もまた一興、美味しいトルコ料理が食べられることは喜ぶべきことでしかない。しかもこのときは偶さか、ドイツのウイグル人コミュニティ(ウイグル人はトルコ系)を取材するための訪問だったので、あえてトルコ系の店が多いエリアに宿をとり、連日三食、ウイグル料理やトルコ料理を楽しんだ。
 だが、ドイツ人からすればそんなお気楽な事態ではない。近年、各地でイスラム系住民との摩擦が起きており、政治家や識者が「共生政策」の失敗を公言するに至っている。

 第二次大戦後の西ドイツでは、労働力不足解消のため、トルコからの出稼ぎ労働者「ガスト(ゲスト)・アルバイター」を受け入れ始めた。当初は単身者の短期滞在に限られていたが、70年代になると、家族を帯同して定住する「移民」へと変わっていったのである。

 おもな理由は、特定分野、とくに3K的な分野の仕事からドイツ人が離れ、「トルコ人の仕事」として固定化されたことにある。

 定住したトルコ系、イスラム教徒移民は子孫を増やし、いまもコミュニティを拡大中だ。宗教上の戒律に則って暮らす彼らがドイツの文化・習慣に同化することは難しい。その結果として、「郷に入りては郷に従う」のではなく、ドイツという郷に、小さなトルコ郷を築くこととなるのも無理からぬことだ。しかし、これをドイツ人側から見れば、自国の中にドイツ語の通じない地域ができ、ドイツ料理の学校給食が立ち行かなくなるという忌々しき事態ということになる。

 昨今、日本でもまたぞろ移民議論が喧しい。政府側は、反発を招かないよう「移民ではなく、外国人労働者」と強調するが、ドイツの例に明らかなように、期限付きの労働者がやがて移民受け入れの一里塚となることは間違いない。

 外国人労働者の件を検討する政府の有識者会議の中心メンバーである竹中平蔵氏は、私の取材に対し、「ドイツ等の先例にも学んで、あくまで短期の労働者受け入れ、移民化することのないルール作りと厳重な運用が必要」と答えた。

 一方で氏は、シンガポール型の制度も難しいと答えている。字数の関係から詳述は避けるが、シンガポール型とは、単純労働の外国人労働者には一切の社会保障はなし、都合に合わなくなれば即強制帰国させるという「完全割り切り型」の制度である。

 ドイツ型でもなく、シンガポール型でもない。双方の〝いいとこどり〟が竹中氏のいう理想だろうが、そんな虫のいいことは不可能だ。いま氏らが提案している制度を実施すれば、将来必ずや日本における「移民問題」のタネとなろう。

 グローバル化が進む現代は、人、モノ、カネが国境を越えて行き交う時代などと表現されて久しいが、人は、モノやカネとは厳然と違う。人はそれぞれ意思や感情をもち、独自の文化や匂いを纏って私たちの国へやって来る。それを「労働力」という、あたかも「モノ」のように捉えて都合よく使おうという発想がそもそも危険だ。
 数十年後の労働人口の不足を補うための外国人労働者受け入れ、というお題目からして詭弁である。数年契約で定住なしの出稼ぎ労働者を、いま受け入れることは、数十年後の労働人口補充とは何の関係もない話ではないか。

 将来、引き起こされるであろう摩擦を引き受けるのは、制度設計した者たちではなく、労働の現場となる企業であり、市井の日本国民であり、当の外国人労働者たち、と相成る。

 「移民ではない、労働者」という詭弁を見過ごしてはいけないのである。