この問題の前提として、一つだけ言えることがあります。それは、「コンピュータ将棋は現在、人間よりも強くなった」という、厳然たる事実です。それも、ちょっとの差ではありません。人間がもうとてもではないけれど、かなわないほどに強くなってしまった、というレベルです。

「人間は計算力や記憶力でコンピュータに勝てるはずないんだから、そんなの当たり前じゃないか」

 そう思われる方は多いのかも知れません。しかし、将棋愛好者にとっては、そう簡単に割り切れないところがあるのもまた事実なのです。

 コンピュータ将棋の開発は1974年に始まりました。人間はこの時すでに、単純な計算力や記憶力ではコンピュータにかなわなくなっています。しかしそれでも、コンピュータ将棋は絶望的に弱かった。ルール通りに指せればいい方で、人間のエキスパートから見れば、それはもう笑ってしまうほどに弱かったのです。

 将棋はそれだけ奥が深いゲームでした。だからこそ400年も前からずっと遊び続けられ、いまだに多くの人が夢中になっているのです。
 弱くてどうしようもないコンピュータ将棋は、長い間人間の実力者たちからバカにされ続けてきました。その対比として、強い棋士の頭脳の優秀さもさかんに宣伝されました。

 しかし、1990年代中頃には次第に事情が変わってきます。将棋は最後、玉(王様)を詰ます(逃げられなくする)ことができれば勝ち、というゲームです。その「詰むや詰まざるや」という分野に限っていえば、コンピュータソフトの能力は人間の能力をはるかに上回ったのです。

 とはいえ、その段階に至ってもまだ、コンピュータの実力が総合的に人間を上回るという想像は遠い未来のものでした。

 1996年、棋士に対して、「コンピュータがプロ棋士を負かす日は? 来るとしたらいつ」というアンケートが取られましたが、

「永遠になし」(米長邦雄九段)
「私が引退してからの話でしょう」(谷川浩司九段)

 という見方が、代表的なものでした。

 しかし、現実は人間の想像力を越えていきます。コンピュータそのもの(ハード)の性能も向上する一方で、将棋ソフトを強くするための技術や方法論も、飛躍的に進歩を遂げていきました。

 2005年には「Bonanza」(ボナンザ)という名の、革命的な将棋ソフトが登場します。作者の保木邦仁(ほき・くにひと)さんは、将棋の初心者なのですが、コンピュータに自動的に学習させるという手法を取り入れて、革命的に強いソフトを開発することに成功したのです。

 この頃にはすでに、ほとんどのアマチュアがコンピュータには勝てないほどになりました。