井上武史(九州大学大学院法学研究院准教授)

 7月の参議院選挙後、衆議院でも参議院でもいわゆる改憲勢力が3分の2を確保したことで、憲法改正が現実味を帯びてきた。そうした事情を踏まえてであろうが、メディアや論壇では以前にもまして憲法問題に関心が寄せられるようになった。

 もっとも、そこで行われる憲法改正論議には2つの特徴があるように思う。1つは、個別の改憲項目の是非にのみ注目が集まり、日本国憲法全体の特性が踏まえられていないこと、もう1つは、日本の憲法だけを見て、他の立憲主義国の動向が踏まえられていないことである。そこで以下では、2つの事実から出発して、憲法改正問題をより大きな視点から捉え直すことを試みたい。

 1つ目の事実は、日本国憲法が分量の少ない「小さい憲法」であることだ。このことは、日本がお手本にしてきた欧米諸国の憲法と比べると一目瞭然である。憲法の英単語数で比較すると、憲法をもたないイギリスを除外すれば、アメリカ憲法が7762語、ドイツ憲法が27379語、フランス憲法が10180語、イタリア憲法が11708語であるのに対して、日本国憲法は4998語しかない。アジアでも、韓国憲法は9059語を備えている。

 もちろん、連邦国家であるアメリカやドイツとは同列に論じることはできないが、しかし、同じ単一国家であるフランス、イタリア、韓国と比較しても、日本国憲法の分量はそれらの半分程度でしかない。各国には固有の事情があるとはいえ、これだけの分量の差はもはや誤差の範囲を遥かに超えている。つまり、日本国憲法は著しく語数の少ない憲法なのだ。
 
 憲法の語数が少ないということは、憲法に含まれる規範の量が少ないということである。それはつまり、憲法として通用するルールが少ないということだ。このことは、次の2つのことを推測させる。

 1つは、諸外国では憲法で規定されていることが日本国憲法には定められていないのではないか、である。すぐに思い当たるのは、政党条項である。政党は本来、民間団体であるが、現実の政治において公的な役割を果たしている。そこで各国では、憲法に政党条項を置いて、政党の役割や任務などを規定する反面、民主的な党内運営や憲法遵守などの特別の憲法的義務を政党に課すことが多い。

 議院内閣制を採用している日本国憲法においても、政党は当然に「議会民主主義を支える不可欠の要素」(最高裁判所)として位置づけられている。実際、現行法でも、比例代表選挙など政党本位の選挙制度が採用され、また政党助成金として毎年300億円以上の税金が投入されるなど、政党は多くの優遇措置を受けているのだ。にもかかわらず、それに見合った特別の憲法的義務が課されないのは不正常であるとともに、何より他の団体との関係で不公平であろう。憲法に政党条項を置くことには、現状に照らしても十分な理由がある。