もはや棋士でも勝てない? 三浦九段の疑惑を招いた驚愕の「AI棋力」

『松原 仁』

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松原仁(公立はこだて未来大学教授)


 いま世の中を騒がせている将棋におけるスマホのカンニング問題について考えてみたい。なお、現時点では被疑者はシロと主張していて一部の関係者は限りなくクロに近いと主張していて、シロクロはわからない。以下の議論はこの問題のシロクロには関係ないという前提で進めたい(羽生善治氏が述べたように「疑わしきは罰せず」が大原則と考える)。
「第84期棋聖戦」第4局大盤解説会の三浦弘行八段(当時)=2013年7月17日、新潟市岩室温泉の高島屋(瀧誠四郎撮影)
 確認しておきたいことは、コンピュータ将棋の能力はすでにプロ棋士を含めた人間を超えているということである。このことは最近のさまざまなデータが証明している。最近のプロ棋士とコンピュータの対戦はコンピュータの性能に一定の制限が設けられている。

 そのような制限があってもコンピュータの方が強い(強いというのは全勝するという意味ではなく、勝ち越すという意味である)。性能が高いコンピュータを使えばさらに強くなる。将棋の言い方をするなら香1枚、角1枚は強くなる。制限なしであればコンピュータが人間よりも圧倒的に強いのは明らかである。

 トッププロ棋士であればまだ勝てるかもしれないという期待を抱いてはいけない。1勝は挙げることはできるかもしれないが、制限のないコンピュータ相手に勝ち越すことは不可能と言える。将棋関係者にとってはつらいことであろうが、この事実をまず認めなければいけない。いい勝負が演出できるとすれば、それはコンピュータの性能の制限を強くした場合に限られるということである。
 
 このようにコンピュータ将棋が強くなったのはなぜであろうか。2000年代半ばに保木邦仁(現・電気通信大学准教授)が「ボナンザ」というプログラムに将棋で初めて機械学習を取り入れた。プロ棋士の大量(数万局以上)の棋譜から盤面の評価を行う関数をコンピュータが自動的に学習するようにしたのである。その「ボナンザ」がコンピュータ将棋で最強になったことから、他の人たちもこぞって機械学習の手法(ボナンザメソッドと呼ばれる)を取り入れて、それ以降プロ棋士のレベルまで強くなった。
コンピュータ将棋はなぜ強くなった


 プロ棋士のレベルまで強くなるには、いま書いたようにプロ棋士の棋譜からの機械学習が有効だったのだが、コンピュータがプロ棋士のレベルに到達した最近は、プロ棋士の棋譜がコンピュータにとってよい学習データではなくなってきた。プロ棋士には失礼ながら、コンピュータよりも弱い人間の棋譜はもはや参考にならないのである。いまはコンピュータ将棋同士が対戦をしてその棋譜から機械学習をしている(強化学習と呼ばれる手法である)。インターネット上で強いコンピュータ同士が24時間ずっと対局していてコンピュータ同士の大量の棋譜が生産されている。いまはそれが学習データになっているのである。
 プロ棋士の棋譜から機械学習をしていたときはコンピュータ将棋は人間のような手を指していた。学習データが人間のものだったので、コンピュータ将棋が人間の定跡をなぞるようになるのは当然であった。いまや学習データはコンピュータ将棋同士の棋譜である。したがって人間とは異なるコンピュータ独自の手を指すようになってきた。最近のコンピュータ将棋の指し手がプロ棋士にとっても意外なものが多いのはそのためである。

 2016年3月にコンピュータ囲碁の「アルファ碁」がイ・セドルというトップレベルの棋士に圧勝したが、この「アルファ碁」もコンピュータ将棋同様に強化学習でコンピュータ同士の対戦で強くなったものである。「アルファ碁」もイ・セドルが理解できない手をいくつも打っていたことが知られているが、それは「アルファ碁」がコンピュータ同士で対戦して機械学習をしたことによる。
 
 そのような現状認識に基づけば、コンピュータ将棋を使えば人間よりもよい手を見つけることができるのは確かである。スマホに直接載っている将棋のアプリはパソコンに載っているものよりは弱いが、それでもプロ棋士にとって十分に参考になるレベルだと思われる。またスマホ経由で性能が高いパソコンなどに接続することも技術的に可能である(方法を教えてもらえばそれほど難しくはない)。そうすれば明らかにプロ棋士よりも強い。ということで、スマホの持ち込みが制限されていない状況では、スマホによるカンニングには明らかに効果があり、実行も可能な状況であった。
身内の棋士を疑う状況


 チェスは20年近く前に世界チャンピオンがコンピュータに負けていて、いまは圧倒的にコンピュータの方が強い。人間同士のチェスの重要な対局は電子機器は持ち込み不可というルールがかなり前から常識になっている。金属探知機で調べることもよくなされている。それでもチェスではスマホなどのカンニングが何度も起きている。
 
 終盤に一手ごとにおなかを壊しているという理由でトイレの個室にこもって出てきて、いい手を連続して指していたプロ棋士がいた。彼は疑われてその個室を調べたら彼のスマホが隠してあって、接続記録を調べたらコンピュータチェスにつながっていて、それと同じ手を指していたことが判明した。彼は当然失格処分になった。将棋もチェスにならってスマホ持ち込み禁止のルールにしておけばよかったのだが、身内の棋士を疑うようで嫌だ、コンピュータより弱いことを公式に認めるようで嫌だ、などの理由で見送りになっていた。今回、カンニング問題が起きてみると、将棋界も数年前にはルール化しておくべきであった。いままさに身内の棋士を疑う状況になってしまっているのである。

 人工知能はあくまで人間の道具であり、人工知能が進歩することによって人間はよりよい生活が営めるようになるはずである。しかし人工知能の進歩の過程でそれを人間が受け入れるには一定の時間がかかると思われる。その途中にはさまざまな不具合が起きる可能性がある。今回のカンニング問題もその不具合の一つである。この問題を貴重な教訓として人間と人工知能がうまく折り合いをつける方策を考えていきたい。




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