すでに、将棋や、囲碁の世界では、それぞれの「文化」の普及に関心を持つ棋士たちが増えているのだという。対局における強さはもちろん大切だが、人間相手の解説など、人間らしい活動に、活路を見出そうとしているのである。実際、強い将棋ソフト、囲碁ソフトが現れることで、これらのボードゲームを一種の「スポーツ」として楽しむ人口は着実に増えている。

 医療や法律においても、将来、人工知能が分析や判断の「エンジン」として活躍するにしても、その意味合いを解説したり、人間関係に当てはめ、実施するという役割は、やはり、弁護士、医師がやることになるだろう。

ジャンボ駒で対戦する子供たち=吹田市の浜屋敷
ジャンボ駒で対戦する子供たち=吹田市の浜屋敷
 つまり、「人工知能>>人間」という不等式は基本的に避けられないが、そのことによって人間の仕事がゼロになってしまうのではなく、むしろ異なる役割が与えられるようになると予想されるのである。それにしても、今回の竜王戦の事態は、将棋ソフトという人工知能の台頭で、人間の内面が、いかに簡単に「メルトダウン」するかということを示したと言える。

 確かに、人工知能に安易に頼ろうとするならば、私たちは、急速に堕落してしまうだろう。その一方で、棋士たちが、将棋ソフトを使って強くなるケースも出てきている。ソフトの精緻な分析と読みを、いわば自分の脳を来たる「脳ジム」として活用して、棋戦での成績を上げる人もいるのである。(もちろん、その場合、実際の対戦では一切将棋ソフトを参照しないという倫理観が必要なことは言うまでもない)。

 人工知能を「脳ジム」として用いれば、法律知識でも、医療知識でも、自分の脳回路にある情報の量や質を高めることができるし、そのことは、専門職業人としての資質の向上につながるだろう。

 将来、英語を習得しなくても、人工知能が自動翻訳してくれる可能性は高い。しかし、その場合でも、自分の脳の中に英語回路が叩き込まれることの価値は消えないだろう。英語習得は、一種の「スポーツ」になる。その過程で、たとえば、自分のボキャブラリーサイズに合わせて、難易度が適切な教材を用意してくれるなど、人工知能が「脳ジム」としてサポートしてくれるだろう。

 将来必ず訪れる、「人工知能>>人間」の時代。人工知能の台頭は、人間の脳のメルトダウンにもつながるが、一方で、脳の「強靭化」に活かすこともできるのである。

 メルトダウンか、強靭化か。サボったり、ごまかしたりするのか。それとも、人工知能を「脳ジム」として活かして、一種のスポーツとして脳を鍛えるのか。これからの人工知能時代には、それぞれの人の意志の強さと、選択で、脳のメルトダウンと、強靭化という二つの運命が分かれていくような気がする。「竜王戦事件」は、その始まりに過ぎない。