杉本吉史(弁護士)

 「殺したがるバカどもと戦ってください」

 これは、10月6日に福井市内で開かれた日本弁護士連合会(日弁連)主催のシンポジウムで流された瀬戸内寂聴氏のビデオメッセージの一節である。瀬戸内氏は死刑制度を批判した上で、死刑制度廃止を進めようとする開催者を激励するため、このような発言をしたものである。

 シンポジウムは、翌日に同市で開催された日弁連第59回人権擁護大会での「2020(平成32)年までに死刑制度の廃止を目指す」とする決議採択に先立って実施されたもので、人権擁護大会での死刑廃止をめざす決議を危惧する犯罪被害者や、その支援に関わる弁護士も多数参加していた。
日弁連が開いた人権擁護大会の会場入り口で、「死刑制度絶対必要」などと書かれたビラを配る全国犯罪被害者の会(あすの会)のメンバーら=10月7日、福井市(宮沢宗士郎撮影)
日弁連が開いた人権擁護大会の会場入り口で「死刑制度絶対必要」などと書かれたビラを配る全国犯罪被害者の会(あすの会)のメンバーら=10月7日、福井市(宮沢宗士郎撮影)
 犯罪被害者らは、メッセージの瀬戸内氏の発言を聞いて激怒し、発言は新聞にも大きく取り上げられ、SNSでも同氏への批判が相次いだ。

 日弁連は翌日の人権大会決議後の記者会見で、「犯罪被害者への配慮がなかったとすれば、おわび申し上げる」とし、「犯罪被害者の方の声にしっかりと耳を傾ける」と謝罪した。

 また瀬戸内氏自身も朝日新聞に連載中のエッセーで、メッセージは「今もなお死刑制度を続けている国家や、現政府に対してのものだった」としながら、自身を「誤解を招く言葉を94歳にもなった作家で出家者の身で、口にする大バカ者」であり、「お心を傷つけた方々には、心底お詫びします」との謝罪の言葉を掲載した。

 日弁連の会見担当者や瀬戸内氏らとしては、犯罪被害者らが怒るのは誤解であり、そのような事態を招いたことにつき謝罪をしたのであるから、もはや過ぎ去ったことであるとでもいうのであろうか。

 しかしながら、これらの出来事については、犯罪被害者やその支援をする弁護士にとっては単なる「誤解」とは思えない経過がある。

 今回の人権大会決議の採択理由では、犯罪被害者等基本法を引用して、犯罪被害者はその尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有するとし、犯罪被害者・遺族の支援は重要な課題であるという。

 ところがその一方で日弁連は、平成27年10月に会内資料として作成した「死刑事件の弁護のために」と題する手引で、被害感情が法廷に満ちあふれることが裁判員、裁判官をして死刑への判断へ傾かせる可能性があることを認識し、少なくとも否認事件については被害者参加の申し出には反対の意見を述べるよう指導しているのである。

 被害者参加制度は、裁判員裁判の6カ月前に導入された犯罪被害者が念願してできた制度である。しかし、日弁連はこの制度に導入当時から反対し続け、導入後も被害者の裁判参加を拒み続ける姿勢を変えていない。

 そして、日弁連が犯罪被害者の支援として必要であると決議で掲げているのは、精神的な支援、犯罪被害者等給付金の拡充に限られているのである。

 確かに犯罪被害者や遺族にとって、現行の不十分な経済的支援の拡充を望む声は強い。しかしながら、日弁連がいう支援の拡充は、いわば被害者・遺族には金をあてがって黙らせろ、としか聞こえないであろう。