「メキシコ国境の向こう側には、中国が新鋭の工場を次々に建て、中国製品が無税でアメリカ国内に流れ込んでいる。これによって勤勉な白人労働者は職を奪われつつある」

 トランプ候補はこう述べて、アメリカがメキシコと結んだNAFTA・自由貿易協定によって、優良企業が次々にアメリカから逃げ出し、失業者を大量に生み出していると人々の怒りを煽り立てた。
米大統領選挙の遊説を行うドナルド・トランプ氏=5日、フロリダ州フェアグラウンズ(AP)
米大統領選挙の遊説を行うドナルド・トランプ氏=5日、フロリダ州フェアグラウンズ(AP)
 不動産王トランプ氏を共和党の大統領候補に押し上げたのは、プアー・ホワイトと呼ばれる所得の低い白人の労働者層だった。彼らの多くは高校からそのまま社会に出た人々だ。こうした人々はトランプ氏に現状を変える期待を託そうとした。そしてメディアの予想を覆して第45代大統領の座に押し上げたのだった。

 大統領選挙の主戦場、製造業が多いオハイオ州やかつて自動車の州と言われたミシガン州などでは、白人の労働者層がトランプ候補をこぞって支持した。かつての民主党の支持基盤はあっという間に切り崩されてしまった。来年一月下旬にホワイトハウスに入るトランプ次期大統領には、アメリカにいまこそ健全な中間所得層を創り出す政策を望みたい。富裕層への減税だけではアメリカ経済の再生はない。中間所得層の支持を得られなければ一期だけの政権に終わってしまうだろう。次の選挙での勝利は見えてこないはずだ。堅実な経済政策は、ひとりアメリカのためだけでなく、国際社会の安定に不可欠なのである。

 トランプ候補は、女性スキャンダルのゆえに超大国の威信を傷つけたのではない。アメリカはなによりもアメリカの国益のために―。そう訴える「アメリカ・ファースト」主義のゆえに、世界を主導してきたアメリカに対する信頼を根底から揺るがしてしまったのである。自国の国益を剥き出しに追い求める主張は、この国に伏流している孤立主義を顕在化させ、不健全なナショナリズムを刺激してしまう。それは危険な劇薬なのである。

 「日本や韓国は自ら国を守るべきだ。北朝鮮の核の脅威に対抗したいなら核武装すればいい」

 トランプ候補は、この選挙戦を通じて、日本が自国の安全保障に十分な金を出そうとせず、同盟国のアメリカにあまりに多くを依存してきたと言い放った。

 戦後のアメリカには、民主、共和いずれの政権かを問わず、決して変えようとしなかった外交・安全保障政策の本音があった。それは、東アジアでは日本に、欧州にあってはドイツに核のボタンを決して渡さないというものだった。決断すれば直ちに自前の核を保有できる日独両国に核兵器を持たせてしまえば、アメリカは超大国の地位を放棄せざるを得なくなるからだ。

 しかし、トランプ候補は、堂々と日本やサウジアラビアの核武装を容認する姿勢を示した。それはイスラエルの核を公然化させ、イスラムの核を中東全域に広げることになる。やがてはIS・イスラム国にも核兵器がわたる危険を招いてしまう。