飯尾篤史(スポーツライター)


 本田圭佑は、日本代表に本当に必要なのか――。

 世代交代を促す声は以前からあったにせよ、最終予選の前半戦でこんな議論が巻き起こることなど、半年前には思いもしなかった。
【キリンチャレンジ杯日本代表対オマーン代表】 後半、競り合う本田圭佑=県立カシマサッカースタジアム (撮影・中井誠)
【日本―オマーン】 後半、競り合う本田圭佑=カシマサッカースタジアム (撮影・中井誠)
 2010年の南アフリカ・ワールドカップでチームを決勝トーナメントに導いて以降、本田はまぎれもなく日本代表において最も重要な選手だった。

 本田自身、「代表では自分の力で道を切り開いてきた」と語っているように、南アフリカ・ワールドカップのカメルーン戦での決勝ゴール、デンマーク戦での先制ゴール、12年6月のヨルダンとのアジア最終予選でのハットトリック、13年6月のオーストラリアとのアジア最終予選でのPK、13年11月のオランダ戦での同点ゴール、14年ブラジルワールドカップのコートジボワール戦での先制ゴールなど、「ここぞ」という場面で本田が叩き込んだゴールは、いくらでも浮かんでくる。

 そんな本田に不要論が生じるようになったのは、アジア最終予選がスタートした9月からだ。所属するミランで試合に出られなくなり、最終予選で試合勘の欠如やスタミナ不足を露呈するようになった。9月のタイ戦では後半から運動量がガクッと落ち、10月のイラク戦では本田がベンチに下がったあとで山口蛍の決勝ゴールが生まれた。さらに、11月11日のオマーンとの親善試合でヴァイッド・ハリルホジッチ監督が「本田は試合のリズムが足りていないことが確認できた」と語ったことが、不要論に拍車をかけた。

 もともと、指揮官の目指す「縦に速いサッカー」と、本田のプレースタイルとの相性は決して良くなかった。本田はゲームの組み立てに関わりながらフィニッシュの局面に顔を出すタイプ。右ウイングを任せられてきたものの、決してスピードがあるわけではない。だから、コンディションのいかんにかかわらず、スタイルの違いや起用ポジションをめぐる問題は、いずれ起きていたかもしれない。