中岡望(東洋英和女学院大学大学院客員教授)


 選挙での敗北が決まった後、ヒラリー・クリントン候補は落胆した支持者に向かって「最も高いところにあり、最も硬いガラスの天井を破ることができなかった」と語り掛けた。アメリカで最初の女性大統領の誕生という夢はあっけなく破れた。得票総数ではドナルド・トランプ候補を上回ったものの、選挙人の数では大きく水をあけられての敗北であった。

米大統領選の敗北を認めたヒラリー・クリントン氏=11月9日、米ニューヨーク(AP)
米大統領選の敗北を認めたヒラリー・クリントン氏
=11月9日、米ニューヨーク(AP)
 アメリカでは、女性が投票権や中絶権、社会や職場で男性と同等の権利を獲得するためにどれだけ戦ってきたかを知っている。女性の戦いの歴史は迫害の歴史であり、投獄の歴史であり、流血の歴史だった。女性たちは戦いを通してさまざまな女性の権利を獲得してきた。そうした歴史の中から戦後、フェミニスト(女性解放)運動が始まった。フェミニスト運動に関わった60代、70代の女性にとって初の女性大統領の誕生は、運動の最終的な目的のひとつであった。クリントン候補こそ、その夢を実現する理想の女性であった。

 だが選挙をつぶさに観察してきた筆者が感じたのは、女性大統領が誕生するかもしれないという熱狂ではなく、女性の間にある妙に冷めた雰囲気であった。むしろ女性が女性の大統領を選ぶべきだという“女性カード”論は影を潜めていた。クリントン候補が“女性カード”を使うことに批判的な声の方が多かった。むしろ反発を招いたと言った方が正確だろう。逆に女性を性の対象としてはばからないドナルド・トランプ候補が女性の支持を得て当選したのである。

 高卒以下の労働者階級の白人女性だけでなく、大卒の白人女性も、また本来なら民主党支持者であるラテン系の女性もクリントン候補には投票しなかった。ラテン系女性の28%はトランプ候補に投票している。2008年の大統領選挙で初の黒人大統領誕生の原動力となったミレニアム世代の若者の姿はそこにはなかった。

 オバマ候補を支えた若者や女性たちは“オバマ連合”と呼ばれ、多くの人がボランティアで選挙運動に参加し、小口の政治献金をし、演説会場では熱狂した。だが、クリントン候補の演説会場には、そうした熱狂は感じられなかった。オバマ候補を支援したミレニアム世代の54%がクリントン候補に投票したが、オバマ候補が獲得した60%を大きく下回った。