大隅典子(科学者[神経発生学]、東北大学大学院医学系研究科教授)

 2016年11月7日、次期米国大統領の選挙が行われ、大方の予測を裏切って(ということらしい)ドナルド・トランプ氏が当選した。多くの方々が種々のコメントを出されているが、あまり取りあげられていない脳科学的な視点から論じてみたい。

11月9日、米ニューヨークで、大統領選での勝利を確実にしたトランプ氏とともに、支持者らが集まる会場に到着した家族。右からメラニア夫人、ジャレッド・クシュナー氏、メラニア夫人とトランプ氏の息子のバロンくん
11月9日、米ニューヨークで、大統領選での勝利を確実にしたトランプ氏とともに、支持者らが集まる会場に到着した家族。右からメラニア夫人、ジャレッド・クシュナー氏、メラニア夫人とトランプ氏の息子のバロンくん
 『ロスノフスキ家の娘』という小説をご存知の方はいるだろうか? 今ならダン・ブラウンにあたる稀代のストーリー・テラー、ジェフリー・アーチャーによって、原著『The Prodigal Daughter』が発表されたのは1982年、つまり34年前のことだ。ポーランド系移民の主人公の一生を描いた『カインとアベル』の続編として書かれ、そのアベル・ロスノフスキの娘、フロレンティナのことを描いたのが『ロスノフスキ家の娘』である。原題は文字通りに訳すと「放蕩娘」になってしまうが、その背景知識として必要なのは、聖書の「放蕩息子の帰還 The return of the prodigal son」(ルカによる福音書)である。

 小説の中で、フロレンティナは米国初の女性大統領を目指し、当選を果たす。この本を読んだ20代の私は、「やっぱりアメリカなら、きっとそういうことも近い将来にあるのだろう」と思った。しかしながら、その予想は大幅に間違いであったと2016年時点で言わざるを得ない。ヒラリー・クリントン氏は、2008年の大統領選ではオバマ現大統領との民主党指名候補争いの時点で負け、今年は共和党候補のトランプを制することができなかった。

 この理由について、民主党政権から共和党への揺り戻しであったり、米国における市民の断絶、はたまた米国がブッシュ家とクリントン家で四半世紀も統治されることになってよいのか、データを読み間違えて最終版に民主党が選挙キャンペーンの手を抜いた、など、さまざまな論点から議論が為されている。「なぜヒラリーが勝てなかったか? それは彼女が女性だから」という論旨のブログ記事もあった(末記参照)。この点について、少し違う論点を指摘したいと思う。