【安保激変】



辰巳由紀 (スティムソン・センター主任研究員)


 11月8日に行われた米大統領選挙で、直前までの予想を覆して共和党のドナルド・トランプ候補が第45代大統領に選出された。予備選に向けた各候補者の出馬表明から始まり11月8日まで続いた18カ月の大統領選挙。今年の選挙を一言で説明するとすれば「想定外」という言葉が一番しっくりくる。民主党側でバーニー・サンダース上院議員が出馬表明をしたとき、クリントン前国務長官が予備選で最後の最後まで苦戦することになることは誰も予想していなかった。そして、ドナルド・トランプ氏が大統領選挙への出馬を表明したとき、一体、誰が、大方の予想を覆して次期大統領に選ばれることを予想しただろうか。
大勝利を収めたトランプ氏(左)。クリントン氏に対するアメリカ社会の本音は…(ロイター)
大勝利を収めたトランプ氏(左)。クリントン氏に対するアメリカ社会の本音は…(ロイター)


トランプ氏の大勝利の要因


 なぜ、こんなことになったのか。一番よく聞かれる分析は「静かなる有権者によるエスタブリッシュメントの否定」だ。このラインの分析によると、「静かなる有権者」の大部分は米国の中西部、つまり、ひと昔前は製造業や鉄鋼業で栄えていたが、テクノロジーの発達や国際貿易の広がりに伴い雇用を失い、活気を失った地域に住んでいる。そして彼らは、ワシントンDCが象徴するエリート層に見捨てられたと感じており、トランプ氏が選挙期間中訴え続けた「アメリカを再び偉大な国に(make America Great again)」というスローガンに強く共鳴し、トランプ氏を議会共和党指導部が批判すればするほど、メディアがトランプ氏の問題発言やスキャンダル疑惑を報じれば報じるほど、エスタブリッシュメントが自分たちの候補者を貶めていると感じ、これまで現状に幻滅して投票にもいかなかったような有権者層が大挙してトランプ氏の支持に動いた、というのである。

 確かに、トランプ氏勝利には、そのような「静かなる有権者」の支持が役割を果たした部分は大きいだろう。しかし、大統領選挙や過去の大統領の演説などのデータを集めている米国大統領制プロジェクト(American Presidency Project)によれば、今年の選挙の投票率は57%前後で、1972年以降の大統領選挙の平均的な投票率とそれほど変わらない。つまり、「現状とエスタブリッシュメントに不満を抱えた有権者がどこからともなく大挙して現れ、トランプ氏に投票した」という説明だけではなぜ、1984年以降一貫して民主党大統領候補が勝利してきたウィスコンシン州や、2008年と2012年の大統領選挙でオバマ大統領が勝ち取ったペンシルベニア州やミシガン州ですべて平均5%の差をつけてトランプ氏が勝利したのかは説明できないのだ。

 次によくあげられる理由は「クリントンはオバマ大統領を当選に導いたコアリションを維持できなかった」というものである。2008年、2012年ともに、オバマ大統領が当選した背景には、民主党の固定票に加えて30歳以下の若い有権者の間の絶大な支持と、有色人種(特に黒人)の絶対的な支持、さらに、オバマ大統領が掲げた「変化」のメッセージに惹かれた無党派層の支持があった。クリントン氏は、予備選での苦戦が象徴するように、この3つの層をつなぎとめておくことができず、このことが予想外の敗北につながった、という分析である。確かに、USAトゥディをはじめ主要紙の出口調査の結果を見ると、30歳以下の若い有権者でクリントン氏に投票したのは50%強に過ぎない。9割近くがクリントン氏に投票した黒人以外の有色人種も、3割以上がクリントン氏に投票していない。しかも、クリントン氏が絶対的に有利だと思われた女性票も割れている。