榊原 智・産経新聞論説委員

 中東で過激派組織「イスラム国」に対する空爆作戦に参加している今のイギリスをみればウソのようにも思えるが、この国は先月、スコットランドの独立をめぐって揺れに揺れていた。
 9月18日のスコットランド住民投票で独立は否決されたものの、英国のような主要国の一地域が、平和裏に分離独立する一歩手前までいったことは世界に波紋を広げた。日本でさえ、ごく少数とはいえ独立論者が存在する沖縄への影響が取り沙汰されたほどである。
 「英国の成熟した民主主義」の証として称える声もあった。クリミアの分離に端を発したウクライナ・ロシア間の紛争を見るまでもなく、地域の分離独立をめぐってテロや内戦、外国との戦いが生じることに比べれば、英国とスコットランドが合意した住民投票ははるかにましな手段ではある。
 けれども筆者は、今回の住民投票をみて、英国は衰えたという感が拭えなかった。スコットランドが独立する場合に生ずるであろう国際平和に対する負の影響への考慮、世界にどれほどの迷惑をかけるのかという視点が足りなかったように思われたからだ。国際平和の視点を欠いた振る舞いは、近現代の世界の歴史を左右してきたうちの一国である英国らしくない。
 ある国民や地域の住民が、自分たちの利害を主として考え、行動するのは当然であり、批難はできない。けれども、そのことばかりを追い求め、自分たちの国、地域が果たしてきた世界に対する責任に思いが至らないというのでは、いささか身勝手ではないだろうか。
 そして、このような国際平和に対する責任感の不足は、スコットランドのケース以上に、沖縄の独立論において一層強いように思われる。

英国の弱体化は何をもたらすか

 「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」の国名が表わすように、英国は、イングランドやスコットランドなどから成る連合体だ。スコットランドはもともと独立した王国であり、スコットランドを起源とするスチュアート朝のジェームズ1世が、1606年にイングランドの王位も兼ねたことで、イングランドとスコットランドは同君連合の関係となった。1707年にようやく、2つの王国が合併してグレートブリテン連合王国となった。
 このような歴史的経緯があったことも一因となって、スコットランドが独立の是非を問う住民投票を求めた時―感心できない政治判断ではあったが―英保守党のキャメロン首相は受けて立ったのだろう。もし、スコットランドの独立が実現していれば、世界の秩序、国際平和にどんな影響が生じただろうか。
 英国の国民総生産(GDP)は日本の6割程度、人口はほぼ半分だ。昔のような7つの海を支配する覇権国ではないものの、世界の秩序にとって楔(くさび)の役割を果たす主要国の一員である。
 スコットランドのGDP、人口はそれぞれ、英国の1割弱だ。スコットランドが分離すれば、英国はほぼ同規模のフランスと比べ、明らかに小さな国となり、国際政治における力は低下する。
 また、英国は自前の核戦力を維持できなくなったかもしれない。そうなれば存在感はさらに小さくなったであろう。
 英国は、必要最小限の核戦力として、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)搭載原子力潜水艦を運用している。英原潜の母港は、スコットランド南西部のクライド海軍基地だけだが、スコットランド独立賛成派の多くは、核兵器反対や核搭載原潜の基地撤去を訴えていた。
 独立したスコットランドが英原潜の母港の維持を拒否すれば、移転費は3兆数千億円に及ぶとされ、英国の財政が負担に耐えられるかは不透明だった。
 英国が核戦力を放棄すればフランスとの間の政治力の格差は決定的になる。フランスと並ぶ西欧の核の一角が崩れることは、北大西洋条約機構(NATO)の安定や、「欧州」の世界に対する発言力の観点から、好ましい結果が出るとはとても思えない。
 外交官や学者、マスコミがどんなにきれい事を言っても、国際社会の本質は残念ながら今も「ジャングル」である。他の核兵器国である米国やロシア、中国などの存在感が相対的に増すことにつながる。
 現代世界の基本構造を考えてほしい。いろいろ勇み足をするものの、自由と民主主義を掲げる米国が、核戦力を含む巨大な軍事力を背景に、国際秩序の主たる担い手となっている。
 であればこそ、石油・天然ガスなどエネルギー源や食料をはじめとするさまざま物資の自由貿易が可能になっている。「イスラム国」のような勢力が中東を席捲(せっけん)するのを放置すれば、日本が原油や天然ガスを輸入できるわけがない。今の国際秩序があればこそ、膨大な金融取引や情報の流通を支えるインフラ、法体系も整備され、機能し続けている。
 ただし、米国一国だけではこの秩序は維持できない。政治、経済的には、ロシアを除く主要国首脳会議の参加国であるG7各国などが、軍事的には、大西洋においては北大西洋条約機構(NATO)、太平洋においては日米同盟などが、この秩序を支えている。
 このような構造の中で、英国は重要な役割を果たしてきた。オバマ米大統領がスコットランド独立否決を受けた声明において、米英関係は「特別な関係」であり、「英国ほど重要な同盟国はない」と述べたのがその証だ。米英関係は、歴史、言語、海洋国家という幾重もの絆で結ばれた同盟関係であり、海洋国家と大陸国家の関係である米仏、米独関係では代替できない。
 英国の政治的、軍事的な弱体化は、中長期的にみて、世界の秩序に遠心力を働かせるだろう。プーチン大統領のロシア、習近平国家主席の中国が、力を背景に国際秩序の変更に乗り出している今、イギリスを弱体化に導くスコットランド独立をもてはやす人々の気が知れない。
 筆者の友人である戦略学者の奥山真司氏は、英国に滞在して、スコットランド住民投票をめぐる独立賛成派、反対派の論争をつぶさにみてきた。奥山氏によると、論争の多くは、スコットランド住民の経済的損得に費やされていたという。 
安全保障も論じられはしたももの、英原潜の母港の問題にしても、クライド海軍基地を廃止することによる雇用喪失のデメリットが主として語られていたという。
 日本とは第1次大戦では味方、第2次世界大戦では敵の関係にあったが、スコットランドを含む英国の国民は、2つの大戦を団結して戦い抜いたはずだ。その連帯の記憶も薄れたのだろう。
 ソ連の脅威がなくなり、スコットランド独立賛成派は、経済的には欧州連合(EU)の、安全保障はNATOの下にそれぞれいれば大丈夫だと踏んだのだろう。北海油田の税収による社会福祉の向上も魅力的だったようだ。
 生活、経済の問題は切実な問題だろう。しかし、世界の人々の暮らしの基盤をなす世界秩序、国際平和の維持に英国が果たしてきた役割、つまりはスコットランドの人々も英国民として果たしてきた国際的役割の重みについても、プライドをもって論じてほしかった。
 英国のような主要国の国民、または地政学的に国際平和の行方に大きな影響を与える地域の住民は、自国や自分たちの地域の動向が、世界にどのような影響を与えるかまで考え抜いて、行く道を論じる責務がある。
 この文脈においては、英国のスコットランド独立問題と、たとえばスペインのカタルーニャやバスク各自治州の独立問題とでは、世界における重みは異なる。スコットランドの独立は、われわれ日本人の生存に跳ね返ってくるかもしれないが、カタルーニャやバスクの問題はその度合いがはるかに小さい。

沖縄だけの問題ではない「沖縄問題」

 同様に、沖縄の問題は、決して沖縄県民だけの問題ではない。沖縄以外の日本国民にとっての重要事ではあるのは勿論だが、アジア・太平洋をはじめとする世界の人々の問題でもある。
 スコットランド住民投票の直前の9月17日、内閣改造で新たに入閣した山口俊一沖縄北方担当相が、就任時の報道各社のインタビューで、沖縄独立論への見解を問われ、「今のところ全く現実味がない話だ」と答える場面があった。
 山口氏の言いたかったことは、沖縄独立は現実味がない点、そして「(沖縄とスコットランドは)歴史的背景も置かれた状況も全く違う。あまり(スコットランド住民投票の)影響はない」という点にあったのは明らかだ。
 ただ、山口氏が「もっと沖縄の世論としてあれば(政府も)ちょっと検討しないといけないが、今のところそういう話は聞いていない」と述べたのは、いかにも余計なことだった。時事通信のように「沖縄独立『世論高まれば検討』=現実味は否定-山口担当相」と報じるメディアもあった。
 そもそも日本政府は、日本から一部の地域が独立することについて、憲法に規定がなく、また、憲法に基づく日本の法体系を排斥するものであって、認めないという立場をとっている。
 1997年2月の衆院予算委員会で、大森政輔内閣法制局長官(当時)は「独立という言葉は法律的に申し上げますと、我が国の憲法をはじめとする法体系が排除され、現在の憲法秩序とは相いれない事態になる。言葉を換えますと、現行憲法下では適法にそのような行為はできないのではなかろうか」と答弁している。
 菅義偉官房長官は、今回のスコットランド住民投票後の記者会見で、沖縄の独立論議について「日本では住民投票で帰属を決めることは歴史的になじまない」と述べた。
 山口氏はもっと言葉を選ぶ必要があった。沖縄の世論が今後、独立に傾くことは考えにくいが、万々一そのような動きが出てきたとしても、日本国の政治家の最大の義務の1つは、領土を含む国の一体性を守り抜くことである。
 日本の国務大臣は常に、沖縄独立など断固認めないと即座に語るのが当然ではないか。山口氏の発言は、戦後世代の日本の政治家の弱い面が現われたように思われる。国家意識が弱いことはいいことだという戦後の風潮が安倍内閣の閣僚にも及んでいるのだろうか。
 もっと驚かされたのは、沖縄県知事選に出馬を予定している下地幹郎元郵政民営化担当相の発言だ。下地氏は8月26日、日本政府との基地問題交渉が決裂した場合、「琉球独立を問う住民投票をやる」と表明した。
 下地氏はもともと自民党所属の衆院議員だったが、離党し、無所属などを経て国民新党の幹部となり、野田佳彦第3次改造内閣では閣僚を務めた。日本政府との基地問題の交渉を有利に導く方便として独立投票を持ち出したのかもしれないが、保守政党である自民、国民新の両党に所属し、入閣まで果たした政治家の発想としては残念すぎる。
 沖縄にとって米軍基地の負担は避けて通れない課題であろう。しかし、「内地」が沖縄を犠牲にしているとの被害者意識をあまりに強調するのは、世界に対する責任を顧みないスコットランド独立派の議論に通ずるものがあると思わざるを得ない。
 今や沖縄は、日本防衛の最前線となっている。急速に軍拡を進める中国が奪おうとしている尖閣諸島は沖縄県石垣市に属する。沖縄の米軍は、朝鮮半島有事、台湾海峡有事、尖閣など日本有事のいずれにもにらみを効かす。日米同盟の抑止力強化にも貢献している。
 沖縄は、米軍基地があることでアジア太平洋の平和の要石の役割を果たしている。このような沖縄の安定こそ、アジア太平洋を火薬庫にしないための条件なのだ。
 沖縄が独立することで要石の役割を放棄すればどうなるか。人類の歴史を見れば、地政学的価値のある地域(国)が、力の裏付けのない中立を保つことなど絵空事である。日本や米国が引くとしたら、日ならずして沖縄は中国に支配されることになるだろう。
 スコットランドを失う場合の英国と同様に、沖縄を失った場合、日本の国際的地位は確実に下降する。これはとりもなおさず、アジア太平洋や世界の秩序、平和、経済などへの日本の発言力の低下を意味する。平和主義の日本が発言力を失うことが、国際平和の増進につながるわけもない。
 沖縄を勢力下、支配下に置いた中国は、東シナ海を制すことになる。その海洋進出には拍車がかかり、日本のシーレーン(海上交通路)は脅かされ、日本の対中防衛線は、奄美大島から九州沖にかけての海域に下がることになる。日本に独立を尊ぶ気概が残っていれば、防衛費の大幅な増額が必要になるだろう。
 負の影響を受けるのは、日本だけではない。米軍はグァムまでひくことになりかねない。台湾の現状維持は危うくなるし、米中角逐の「主戦場」である南シナ海においても―米国が直ちに敗退することはないにせよ―天秤は中国有利へ傾く。ベトナムやフィリピンは、自国の安全保障が一層厳しい状態になることを自覚せざるを得ないだろう。
 さらに、中国国内で弾圧にさらされている人々にとってはどうだろうか。中国の国威が増すことが、ウイグルやチベットにおける圧制を和らげる方向に働くはずもない。
 沖縄の独立は、沖縄自身のみならず、日本やアジア太平洋などの安全保障、人々の暮らしにも大きな負の影響をもたらしかねない。
 日本国憲法でさえ、前文で「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」としている。「国家」を「地域」と読み替えても同じことであろう。
 沖縄には、自分たちがアジア太平洋地域、世界の平和に大きな責任をもっている存在であることを、プライドをもって自覚してほしいものである。基地問題にしても、被害者意識を振り回すのではなく、日本の、アジア太平洋地域の、そして世界の平和や秩序の維持に寄与しているという視点を持てないものか。そのような誇りある沖縄の主張を聞いてみたいものである。