榊原英資(青山学院大学特別招聘教授)

 大方の予想に反してドナルド・トランプが大統領選挙に勝利した。対立候補だったヒラリー・クリントンは元ファースト・レディ―で、また、上院議員を8年も務め、オバマ政策では国務長官を務めたワシントン政治の中心にいたインサイダーだ。トランプは実業家としてのキャリアは長いが、政治の世界は始めて。今回の選挙はワシントンDCのアウトサイダーがインサイダーに勝利したものだといえる。多くのアメリカ国民は現状に不満を持ち、従来からのワシントン政治には飽き飽きしていたのだ。

演説するトランプ氏
演説するトランプ氏
 トランプが掲げる「変革」(change)を選挙民が望んだ結果、彼の勝利になった。選挙中、メキシコ国境に壁をつくれだとか、ムスリムを差別しろだとかトランプは過激な発言を繰り返し、マスメディアの強い非難を受けたが、一般大衆、特に白人労働者層はこうした発言を歓迎したのだった。イギリスのEU離脱の最大の原因は大陸からの難民にあったといわれているが、トランプの勝利も、また、メキシコからの移民に対する反発が大きな要素の一つだったのだろう。 

 1980~90年代以来、グローバリゼーション、そして国家の統合が進んできた。欧州中央銀行の設立は1998年、共通通貨ユーロ―の創設は1999年だった。グローバリゼーションと統合の流れは一方で大きなメリットを世界にもたらしたが、他方でそのマイナス面も最近大きくなってきたのだった。難民・移民問題、あるいは、格差の拡大はそうしたマイナス面の代表的なものだといえる。

 イギリスのEU離脱、そして、トランプ大統領の選出はこうしたグローバリゼーションのマイナス面を選挙民が強く意識した結果だと言えるのではないだろうか。イギリスでは前首相デーヴィッド・キャメロンがEUに留まることを強く望み、そうしたキャンペーンもしたのだが、国民投票では離脱派が残留派を上回ったのだった。トランプが本命だったヒラリー・クリントンを破り、次期大統領に選ばれたのもグローバリゼーションのマイナス面を強調し、メキシコ国境に壁をつくれなどという主張を多くの選挙民が受け入れたからだったのだろう。

 世界の政治、あるいは経済の流れは大きく変化し始めたのだ。人々はグローバリゼーションのメリットを享受したものの、今やそのマイナス面を強く意識し、反グローバリゼーションを、あるいは主権国家への回帰を望み始めた。トランプの「アメリカ・ファースト」のスローガンもこうした人々の意識の変化をとらえ、アメリカの外交政策の転換を示唆したものだったということができる。