TORU MOROOKA
TORU MOROOKA
Wedge編集部

 カメラのフラッシュに照らし出された研究者の顔は苦悶にゆがんでいた。

 組織の解体。記者会見に臨んだ理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB、兵庫県神戸市)の竹市雅俊センター長は、理研本部(埼玉県和光市)の改革委員会から突きつけられた提言にショックを隠せなかった。今後の対応を尋ねる記者に「解体までは頭になかった」と声を震わせて答えるのが精一杯だった。

 外部の研究者や弁護士で構成される改革委員会は、STAP論文に捏造や改ざんがあると認定された4月以降、10回以上にわたって会議を開き、6月12日にCDBの改革に向けた提言をまとめた。提言書は32頁にわたり、論文の作成や小保方晴子氏の採用の過程、疑惑発覚後の理研の対応などについて問題点を明らかにした上で、今後の対策案を示している。

 CDBの解体を提言した理由として、「不正行為を抑止できない、組織の構造的な欠陥がある」「トップ層全体の弛緩したガバナンスの問題もあり、人事異動などの通常の方法では、欠陥の除去は困難」と指摘。研究員の雇用を確保しつつ、新組織立ち上げの際には、幹部を交代させ、研究分野と体制を再構築するよう求めた。

 提言書は、「問題点を的確に指摘しており、提案は現場に即した実効性のある内容だ」として、他の分野の研究者などからも高い評価を受けている。

 一方、一部の研究者からは提言の内容に反発の声が挙がった。CDBの林茂生グループディレクターは、新聞のインタビュー記事の中で「解体は不当だ」と発言している。今回の問題はレアケースで、CDBに不正を抑止できない構造的な欠陥があると結論づけるのは誤りだというのだ。他にも、組織の解体までは必要ないのではないかといった同様の声が理研の内外の研究者から出ていた。

 しかし、研究者からこうした意見が出る背景にこそ、改革委が組織の解体を求めざるを得ない事情がある。

相次いだ調査結果の“隠蔽”


図1:STAPの特殊性を示した写真も虚偽だった
STAPSTAP
STAP細胞から作ったキメラマウスの写真 (これでSTAPは胎盤にもなると主張)

ESES
ES細胞からつくったキメラマウスの写真 (ESは胎盤にはならない)

実際には2枚とも同じ種類のマウスの写真であることが判明
→Nature論文取り下げの要因のひとつに
 理研本部に設置された調査委員会が3月末に捏造や改ざんを認定したあとに、次々と明らかになった深刻な疑義について本部は悉く隠蔽を続けた。

 例えば、STAP細胞が全身だけでなく胎盤にもなる特殊な細胞である根拠として、論文に掲載されている2枚のマウスの写真(図1)。一方はSTAP細胞から、もう一方は比較のために胎盤にはならないとされるES細胞(既存の万能細胞)から、それぞれ作ったとしていたが、実際には2枚とも同じ種類の細胞を使ってできたマウスの写真だったことがわかったのだ。この事実はCDBの内部調査で判明したが、本部はマスコミが報じるまでこうした調査を行っていること自体明らか。

 さらに、インターネット上で公開されている細胞の遺伝子データの分析によって見つかった疑義が相次いで報告された際にも、本部は同様の対応をとっている。

 論文には、3種類の細胞の作成に成功したと書かれている(図2)。生後1週間のマウスの細胞を酸処理して作られたSTAP細胞。この細胞は胎盤にもなる能力を持っているが、増殖することはないとされた。2つ目は、STAP細胞から作られたFI幹細胞。胎盤になる能力に加え、STAP細胞にはなかった増殖する能力も持つとされた。そして3つ目は、同じくSTAP細胞を培養して作られるSTAP幹細胞だ。STAP細胞とは異なり胎盤にはならないが、増殖する能力を持つ。

 遺伝子解析の結果、この3つの細胞はいずれも既存の全く別の細胞だった可能性があることがわかったのだ。

 分析を行ったのは、神奈川県横浜市にある理研統合生命医科学研究センターの遠藤高帆上級研究員らのグループ。分析の結果、まずSTAP細胞の遺伝子データに8番目の染色体が通常より1本多くなる「トリソミー」と呼ばれる異常があることを突き止めた。8番目の染色体がトリソミーを起こしたマウスは胎児の段階で死んでしまい、通常生まれてこない。「生後1週間のマウスの細胞から作った」とする論文の記述と矛盾する結果だった。

 遠藤氏らはさらに、FI幹細胞の遺伝子データにも不審な点があるのを見つけた。この細胞は遺伝子の特徴から、胎盤以外の細胞に変化するES細胞と、胎盤になる能力を持つ既存の幹細胞であるTS細胞が9対1の割合で混ざったものである可能性が高いことがわかったのだ。

 同じ頃、千葉市にある放射線医学総合研究所の分析により、研究室に残っていたSTAP幹細胞8株はいずれも元となったSTAP細胞とは遺伝子の特徴が異なっていることも判明している。この細胞の正体は未だにわからないままだ。
図2:STAP細胞の正体は既存の幹細胞である可能性が高い
 実は、この3つの調査結果は1枚のペーパーにまとめられ、6月上旬に本部に報告されている。作成したのは、論文の著者の1人で山梨大学の若山照彦教授。この3つの調査結果を論文撤回の理由書に書き込み、共著者と理研の同意を得て『Nature』の編集部に送ろうと考えたためだ。

 しかし、この理由書に竹市センター長とCDBの笹井芳樹副センター長は猛反発した。結局、編集部には、笹井氏が作成した「疑義が指摘されたため撤回する」という簡単な理由書が提出され、理研はSTAP細胞の存在を揺るがすこれらの調査結果を自ら公表することはなかった。

リスク管理なき“賭け”の代償


 今回の問題が根深いのは、問題が生じるリスクをCDBは事前に把握できたと考えられるからだ。それは小保方氏の採用過程に現れている。

 改革委員会の提言書によると、CDBの中で小保方氏の採用を強く働きかけたのは、当時副センター長だった西川伸一氏だという。西川氏は論文の共著者であるハーバード大学のチャールズ・バカンティ教授から依頼を受け、1年半ほど前から小保方氏に実験や論文の構成のアドバイスを行っていた。

 西川氏は、12年の10月に理研が新しい研究者を国際公募した際、小保方氏に応募を促したという。さらに、小保方氏に推薦書など必要書類の提出がないまま面接を受けさせる特別待遇を許した上、人事委員会に内定を働きかけたとされている。小保方氏は当時、論文発表の実績はほとんどなかった。「公募には40人あまりが応募し、書類選考で5人に絞られた。有名な雑誌に論文を何本も掲載している候補者がいた中、実績がほとんどない小保方氏が通ったのは西川氏の強力な推薦があったからだろう」とCDBの関係者は話す。これでは出来レースと受け取られても致し方ない。

 なぜ、採用を急いだのか。人事委員会での選考後、竹市センター長は採用の最終決定を行う本部の理事会に小保方氏を推薦している。その際、竹市センター長が野依良治理事長に送った文書には、STAP細胞への期待として、iPS細胞はガン化のリスクを排除できないため、新しい手法の開発が急務であると書かれていた。改革委員会は、一連の採用過程を「俄には信じ難い杜撰さ」とした上で、「iPS細胞研究を凌駕する画期的な成果を獲得したいとの強い動機に導かれて小保方氏を採用した」と指摘している。

 東京大学医科学研究所の上昌広特任教授は理研のガバナンスの問題について、次のように話す。「実績はなくても、アイディアに秀でた若手を抜擢すること自体は悪いことではない。しかし、そうしたハイリスクな採用を行うのであれば、リスクを慎重に見極め、通常にも増して注意深く対応する責任が生じるのは当然」
 
  小保方氏の採用は、実績のないベンチャー企業への投資のようなものと言える。そうしたハイリスク投資を行うなら、リスクの把握のための情報収集や、リスクが発現した場合も全体の収益を大きく棄損しないように手を打つのが普通だろう。
小保方晴子氏と今年8月に自ら命を絶った理化学研究所の笹井芳樹氏

 竹市センター長らは、実績がほとんどない小保方氏を研究内容が魅力的だという理由だけで、実績のある他の研究者に優先して採用した。にもかかわらず、リスクを把握するための情報収集をほとんど行わず、採用後も何ら監視の目を行き届かせる機会を設けなかった。

 そして決定的なのは、不正が明らかになったあとの対応だ。理研にしかできない実験室封鎖や証拠保全を行わない。会見では「STAPの真偽はサイエンスコミュニティーに任せる」と言い募る。極めて限定的な研究不正だけで事態を収拾させようとし、事実関係の解明を求められても、別の再現実験でお茶を濁す。次々明るみになる疑惑には、常に正面から向き合わず時間を浪費した。

社会的責任を理解できない科学者たち


 小保方氏の採用に深く関わった西川氏は、改革委員会の提言をみて周囲にこう漏らしたという。

 「小保方さんの採用に責任など感じていない。捏造する人を選んだことで責任を問われるなら、研究不正をした研究機関は全て解体のはずだ」

 解体論をめぐる議論の中で浮かび上がってくるのは、不正が認定され、STAPの存在が揺らぎ、組織的な隠蔽を指摘されて社会から強い非難を受け続けているにもかかわらず、社会的な責任について理解すらできていない科学者の姿だ。一般社会と科学者たちの断絶は絶望的と言っていいほど深い。科学者や研究機関の社会的な責任について、想像したことすらないだろう西川氏や理研の幹部に、この先何を求めればよいのか│。

 7月2日、『Nature』に発表された2本の論文は正式に撤回された。『Nature』編集部は複数の深刻な間違いが見つかったことがその理由だとしている。世界的に注目を集めた研究成果は発表からわずか5カ月で白紙に戻った。撤回に際して、論文の共著者の笹井氏はこんなコメントを公表した。

 「共著者として痛切に後悔し反省しております。STAP現象全体の整合性を疑念なく語ることは現在困難であると言えます」

 理研は、今後示すとしている改革の実行計画の中で、「解体」をどのように扱うだろうか。