さらにより経済学的にみると、人々の予算と消費性向が一定であれば、そのうちSMAPへの支出が減少しても、その他のアイドルや娯楽、財・サービスへの支出に振り向けられることになる。このときSMAPへの支出が消滅しても、経済全体での消費には影響を与えないことになる。ちなみに消費性向とは、所得のうちに消費が占める割合である。

 ただ筆者はこの経済学的説明は不十分だと考えている。そこには「失望効果」が含まれていない。SMAPのファンの人たちは実に活動的だ。ライブやイベントに出かけることはもちろんのこと、昨年の事務所からの「独立」報道の際や今回の解散に際しても、オリコンチャートの上位にSMAPの名曲がランクインするなど、ネットなどを利用した「社会参加」型の運動をすることにも熱心である。

 だが、SMAPの解散によって、多くのファンは喪失感を今後抱いていかざるを得ない。そのときの「失望」が、このような積極的な社会参加型の消費を抑制してしまうかもしれない。まさにSMAPロス効果である。

 さらにこのSMAPロス効果をそもそももたらしたものは何かを考える必要がある。つまり、なぜSMAPは解散に追い込まれたかということである。メンバー間の確執を伝えるのが最近のメディアの常とう手段であるが、それは筆者からすると、問題の本質から意図的に論点をずらしているように思える。

 SMAP解散の原因は、1)メディアのSMAP報道の歪み、2)芸能界のマネジメントに関わる構造的な問題、のふたつによると思われる。前者は間接的な原因で、後者は直接的な原因といえる。

 ジャニーズ関連の経済規模は、SMAPや嵐、関ジャニ∞やKis-My-Ft2なども加えると約1000億円になると、筆者は推計している。おそらく日本の芸能界でも屈指の経済規模を誇るものだ。他方で、このアイドル市場最大規模ともいえる経済効果は、負の側面をもっている。ジャニーズ事務所のメンバーに対する報道姿勢が、「御用記者」と「暴露記者」の両極端しか存在しないことは、アイドル批評の世界では既知の事実であった。つまり客観的な批評が成立しがたい世界なのだ。

 「暴露記者」的なものとしては、今回のSMAP解散はそもそもジャニーズ事務所内の勢力争いが、一部週刊誌による報道を契機にこじれてしまったことにある。どこの組織にも権力闘争的なものはある。だがそこに第三者(週刊誌など)が介入して面白おかしく書けば、それはノイズとなって当事者たちの判断を狂わせてしまうだろう。ただ「暴露記者」そのものに責任が完全にあるのか、といわれればそうではない。ジャニーズ系のアイドルに対する報道の在り方が、客観的な批判を受け入れる余地を常に持っていれば、そのような「暴露記者」のもたらす弊害を緩和することができたかもしれない。