北方領土返還交渉の裏では、ロシア側も多くの見返りを求めている。ジャーナリスの櫻井よしこ氏が、ロシア・ソ連のしたたかさを示すエピソードを紹介する。

* * *

 テレビをはじめとするメディアで、「2島が戻ってくるとしたら、それだけでも十分な成果である」といった声が報じられています。日本の国内世論が妥協を是とするなら、プーチン大統領はその点を見逃さないはずです。仮に「歯舞、色丹の2島返還」「残る2島については将来的に解決する」といった形で平和条約を結べば、国後と択捉は返ってこないでしょう。
1956年12月、日ソ共同宣言の批准書を交換する重光葵外相(右)とフェドレンコ・ソ連外務次官=外務省
1956年12月、日ソ共同宣言の批准書を交換する重光葵外相(右)とフェドレンコ・ソ連外務次官=外務省
 2島が返還されるとしても、残る2島の「返還期日」や「返還プロセス」を盛り込むことで、「4島は日本の領土」という原点を押さえておくことが大事です。ロシア側のしたたかさを示すエピソードがあります。

 1956年の日ソ共同宣言が出される20日前、日本側の松本俊一・全権代表とソ連のグロムイコ第一外務次官の間で「松本・グロムイコ書簡」が交わされました。

 そこには歯舞、色丹両島を日本に引き渡したうえで、日ソ両国が〈正常な外交関係が再開された後、領土問題をも含む平和条約締結に関する交渉を継続することに合意する〉と明記されていました。

 ところが、日ソ共同宣言では、平和条約締結後の「歯舞、色丹両島の日本への引き渡し」は明記されたものの、〈領土問題をも含む〉の8文字は削除されました。

 日本側はソ連に「我々の案を飲まないのなら共同宣言を出さなくてもいい」と恫喝されて妥協したのです。当時は当時の厳しい事情があったとはいえ、このことが北方領土問題における日本の立場を後退させました。

 ロシアは、少なくとも歴史を振り返れば、約束を平気で踏みにじってきました。日本は法治国家、中国は人治国家と言いますが、ロシアは「力治国家」です。強い力で統治する。外交も強い国の主張には耳を傾けるけれど、そうでない国の主張は聞き入れられないということです。

 日本には日本なりの実力と強さがありますが、安全保障面で自立できない弱さもあります。

 そうした中、安倍首相は繰り返し「北方4島の帰属問題」と発言していますから、ロシアの手法を十分承知だと思います。「原点」を胆に銘じてプーチン氏との厳しい外交交渉に臨んでほしいと思います。

関連記事