小泉悠(軍事アナリスト、未来工学研究所客員研究員)

 本稿では、「主権」をキーワードとして日露関係の今後について考えてみたい。

 ロシア政府首脳、たとえばプーチン大統領は、しばしばこの「主権」という言葉に言及する。ただし、その意味するところは、我々のイメージするものとはやや異なっているようだ。
2015年9月、米ニューヨークの国連本部でロシアのプーチン大統領(右)と握手する安倍首相(共同)
2015年9月、米ニューヨークの国連本部でロシアのプーチン大統領(右)と握手する安倍首相(共同)
 教科書的に言えば、現在の世界に存在する国家はいずれも等しく主権を持っていることになっている。現在、国際連合には193の加盟国があるが、したがって少なくとも193の主権が存在することになる。

 しかし、ロシアのいう「主権」はもう少し狭い。すなわち、自国の在りようを自国で決められる国が「主権国家」なのであり、強大な政治・経済・軍事力を持つ大国だけが本当の意味でこれに該当するという考え方である。

 したがって、こうした力を持たず、大国に依存する国家をロシアは完全な主権国家とは認めない。ロシア側の言論において「ウクライナにはどこまで主権が認められるか」という一見極めて傲慢な議論が出てくるのは、こうした考え方を背景としているためである。

 このような考え方に基づくならば、ロシアにとっての日本とは完全な主権国家ではない。政治・経済・安全保障などあらゆる面における密接な日米関係を、日本は「パートナーシップの深化」という形で肯定的に捉えるが、ロシアにしてみれば日本は米国に主権を制限された国と映る。

 たとえば今月、プーチン大統領は日本メディアの独占インタビューに応じたが、この中で次のように述べた。

「日本はロシアへの制裁に加わった。制裁を受けたまま、どうやって経済関係を新しいより高いレベルに発展させるのか?日本が(米国との)同盟で負う義務の枠内で、露日の合意がどのくらい実現できるのか、我々は見極めなければならない。日本はどの程度、独自に物事を決められるのか」(『読売新聞』電子版、2016年12月13日付)

 つまり、ロシアは日露関係を純粋な2国間関係とは見ておらず、常に日本の背後にある米国を意識している、と言える。ロシアにおける日本のイメージは決して悪いものではなく、プーチン大統領も日本の文化や武道に強い敬意を払っていることはよく知られているが、これは全く別の話である(ちなみにプーチン氏は、日本への関心は「外国趣味の一つ」とも述べている)。

 このようなロシアの「主権」観や日本観は、領土交渉にも大きく影響している。