北方領土解決のカギは「主権」 米国依存の日本をプーチンは認めない

『小泉悠』

読了まで8分

小泉悠(軍事アナリスト、未来工学研究所客員研究員)

 本稿では、「主権」をキーワードとして日露関係の今後について考えてみたい。

 ロシア政府首脳、たとえばプーチン大統領は、しばしばこの「主権」という言葉に言及する。ただし、その意味するところは、我々のイメージするものとはやや異なっているようだ。
2015年9月、米ニューヨークの国連本部でロシアのプーチン大統領(右)と握手する安倍首相(共同)
 教科書的に言えば、現在の世界に存在する国家はいずれも等しく主権を持っていることになっている。現在、国際連合には193の加盟国があるが、したがって少なくとも193の主権が存在することになる。

 しかし、ロシアのいう「主権」はもう少し狭い。すなわち、自国の在りようを自国で決められる国が「主権国家」なのであり、強大な政治・経済・軍事力を持つ大国だけが本当の意味でこれに該当するという考え方である。

 したがって、こうした力を持たず、大国に依存する国家をロシアは完全な主権国家とは認めない。ロシア側の言論において「ウクライナにはどこまで主権が認められるか」という一見極めて傲慢な議論が出てくるのは、こうした考え方を背景としているためである。

 このような考え方に基づくならば、ロシアにとっての日本とは完全な主権国家ではない。政治・経済・安全保障などあらゆる面における密接な日米関係を、日本は「パートナーシップの深化」という形で肯定的に捉えるが、ロシアにしてみれば日本は米国に主権を制限された国と映る。

 たとえば今月、プーチン大統領は日本メディアの独占インタビューに応じたが、この中で次のように述べた。

「日本はロシアへの制裁に加わった。制裁を受けたまま、どうやって経済関係を新しいより高いレベルに発展させるのか?日本が(米国との)同盟で負う義務の枠内で、露日の合意がどのくらい実現できるのか、我々は見極めなければならない。日本はどの程度、独自に物事を決められるのか」(『読売新聞』電子版、2016年12月13日付)

 つまり、ロシアは日露関係を純粋な2国間関係とは見ておらず、常に日本の背後にある米国を意識している、と言える。ロシアにおける日本のイメージは決して悪いものではなく、プーチン大統領も日本の文化や武道に強い敬意を払っていることはよく知られているが、これは全く別の話である(ちなみにプーチン氏は、日本への関心は「外国趣味の一つ」とも述べている)。

 このようなロシアの「主権」観や日本観は、領土交渉にも大きく影響している。
「米国の同盟国」に領土を渡す不信感

 日本は8項目の経済協力を柱とする経済面での交流を領土交渉の梃子と位置付けている。一方、ロシア側は、経済協力自体については大いに歓迎しているものの(ロシア全体の経済発展にとっても、衰退の止まらない極東の振興にとってもアジアからの投資は不可欠である)、それでは十分ではないとも見ている。米国の同盟国である日本に領土を引き渡すことへの、安全保障上の不信感が抜きがたく存在するためだ。

 たとえば北方領土の国後島及び択捉島を含む千島列島について見てみよう。両島は戦略原潜のパトロール海域であるオホーツク海の出入り口を扼す天然の防衛線であり、2014年以降、カムチャッカ半島に新鋭ミサイル原潜が配備され始めてから、その戦略的価値はさらに高まっている。現在、ロシアは旧式ミサイル原潜3隻と新鋭ミサイル原潜2隻をカムチャッカ半島に配備しているが、今後も装備更新を進め、最終的には新鋭ミサイル原潜4隻体制とする計画である。

 その外側に位置する色丹島及び歯舞群島については、島自体の小ささとも相まって戦略的価値は低い(両島の合計面積は北方領土全体の7%に過ぎない)。だが、それでも、そこに米軍や自衛隊が展開してくることの懸念はぬぐえないだろう。大部隊の配備には向かないとしても、電子情報収集システムや信号情報システムの配備拠点となる可能性もあるためである。

 ロシアが北方領土を日米安全保障条約の適用除外とするよう日本に求めてきたとの未確認報道もあるが、以上のような戦略的意義を考えるならば、ロシアがその程度の安全保障上の要求を行ってくることは十分に考えられる事態と言える。

 もちろん、ロシアは何が何でも領土を譲らない国だというわけではない。2004年に中露が4000kmに渡る国境を画定したことはその好例である。

 ただ、プーチン大統領は今年10月、中露には40年に及ぶ信頼関係の積み重ねがあってこそ領土問題を解決できたのだと指摘して日本側をけん制している。また、前述のインタビューでも同じ言葉が繰り返された。
 たしかに中露は国境紛争を経験し、その後も長く軍事的に対立してきたし、ソ連は中国に対する核攻撃さえ真剣に検討したことがある。その一方、中国はロシア的な意味での「主権国家」であり、困難な交渉相手ではあっても、両国間の合意は「主権国家同士の合意」である。そして冷戦後は、両国は国境における兵力の引き離しや演習の事前通告、合同軍事演習などを通じて安全保障上の関係を深化させてきた。

 ロシアにしてみれば、こうした積み重ねのない日本が安易に中露のような国境画定を期待してもらっては困る、ということになろう。
領土問題解決に「50年」の覚悟はあるか

 ロシアの著名な国際政治学者ドミトリー・トレーニンは、日露間で50年かけて信頼関係を積み重ね、北方領土問題を解決するという遠大なプランを発表したことがある。この構想は日本でも大きく紹介されたが、米国の同盟国である日本に領土を引き渡すというのはそれだけの覚悟が必要なことである、とも言える。

歯舞群島・水晶島のボッキゼンベ墓地(旧日本人墓地)に
墓参する元島民ら=北方領土・歯舞群島(鈴木健児撮影)
 また、もしも日本との交渉が難航すれば、ロシアは「北方領土は第二次世界大戦の正当な結果としてソ連(ロシア)の領土になった」という原則論に立ち戻るであろうし(現在はほぼそうなりつつある)、領土問題を棚上げにしたまま日本からの経済協力を引き出すために様々なけん制を繰り出してくるだろう。北方領土におけるさらなる軍事力強化はそのひとつであるし、最悪の場合には尖閣諸島と北方領土の領有を中露が相互に承認する(あるいはそれを示唆する)など、中国ファクターを用いた恫喝に出てくる可能性も考慮しなければならない。

 安倍政権としては、ロシアとの関係強化を中国の膨張に対する一種のけん制とする思惑があるとされるが、ロシア側としてもそうした意図は当然、見抜いた上で行動に出てくると想定しておく必要がある。

 このようなロシア側の出方を踏まえた上で求められるのは、経済協力と並行してロシアとの安全保障協力を進めることであろう。

 もちろん、日本は今後とも日米同盟を安全保障の基軸とし続けるであろうし、それゆえにロシアとの安全保障協力には限界がある。

 ただ、ウクライナ危機以前の日露は2プラス2(外務・防衛閣僚協議)や合同SAREX(海上捜索・救難共同訓練)のような形で安全保障協力を行ってきたし、欧米諸国はさらに踏み込んだ協力(たとえば対テロ・対海賊・対ハイジャック訓練、ミサイル防衛、機雷掃海など)を実施してきた。今後、ロシアとの間でこうした協力枠組みを再開・深化させることは一つの方法であろう。特にソマリア沖の海賊問題については、日露はともに同じ海域に艦艇を派遣しており、こうした事態を想定してSAREX以上の合同訓練を行うことは可能かもしれない。

 あるいは、欧州や中国との間でロシアが行っているように、互いの国境付近における兵力配備の制限、兵力の移動や演習の事前通告といった信頼醸成措置を実施することも考えられよう。

この記事の関連テーマ

タグ

北方領土返還は必ず実現できる

このテーマを見る