日本は8項目の経済協力を柱とする経済面での交流を領土交渉の梃子と位置付けている。一方、ロシア側は、経済協力自体については大いに歓迎しているものの(ロシア全体の経済発展にとっても、衰退の止まらない極東の振興にとってもアジアからの投資は不可欠である)、それでは十分ではないとも見ている。米国の同盟国である日本に領土を引き渡すことへの、安全保障上の不信感が抜きがたく存在するためだ。

 たとえば北方領土の国後島及び択捉島を含む千島列島について見てみよう。両島は戦略原潜のパトロール海域であるオホーツク海の出入り口を扼す天然の防衛線であり、2014年以降、カムチャッカ半島に新鋭ミサイル原潜が配備され始めてから、その戦略的価値はさらに高まっている。現在、ロシアは旧式ミサイル原潜3隻と新鋭ミサイル原潜2隻をカムチャッカ半島に配備しているが、今後も装備更新を進め、最終的には新鋭ミサイル原潜4隻体制とする計画である。

 その外側に位置する色丹島及び歯舞群島については、島自体の小ささとも相まって戦略的価値は低い(両島の合計面積は北方領土全体の7%に過ぎない)。だが、それでも、そこに米軍や自衛隊が展開してくることの懸念はぬぐえないだろう。大部隊の配備には向かないとしても、電子情報収集システムや信号情報システムの配備拠点となる可能性もあるためである。

 ロシアが北方領土を日米安全保障条約の適用除外とするよう日本に求めてきたとの未確認報道もあるが、以上のような戦略的意義を考えるならば、ロシアがその程度の安全保障上の要求を行ってくることは十分に考えられる事態と言える。

 もちろん、ロシアは何が何でも領土を譲らない国だというわけではない。2004年に中露が4000kmに渡る国境を画定したことはその好例である。

 ただ、プーチン大統領は今年10月、中露には40年に及ぶ信頼関係の積み重ねがあってこそ領土問題を解決できたのだと指摘して日本側をけん制している。また、前述のインタビューでも同じ言葉が繰り返された。
 たしかに中露は国境紛争を経験し、その後も長く軍事的に対立してきたし、ソ連は中国に対する核攻撃さえ真剣に検討したことがある。その一方、中国はロシア的な意味での「主権国家」であり、困難な交渉相手ではあっても、両国間の合意は「主権国家同士の合意」である。そして冷戦後は、両国は国境における兵力の引き離しや演習の事前通告、合同軍事演習などを通じて安全保障上の関係を深化させてきた。

 ロシアにしてみれば、こうした積み重ねのない日本が安易に中露のような国境画定を期待してもらっては困る、ということになろう。