村中璃子(医師・ライター)
 「事態が収束する前に、さらなる感染者の隔離がアメリカで行われるのを見るだろう。しかし、我々は西アフリカと距離を置くことは出来ない。渡航禁止令は事態を悪化させるだけである」

 オバマ大統領は10月17日の土曜日定例演説において、リベリア、シエラレオネ、ギニアとの往来を禁止すべきとの議会筋の要求を退け、渡航禁止令を出す意向は無いことを明らかにした。アメリカは事実上、エボラ水際作戦の徹底を放棄したことになる。

 オバマ氏は先日、エボラとの戦いに4000人規模の部隊を派遣するとして、アメリカの国際的なリーダーシップを示したばかり。国内のパニック収拾と引き換えに、一度切った啖呵を元には戻せないという事情もあるだろう。しかし、冷静に考えれば、渡航を禁止しない現在の状態であっても、感染者は医療者2人を含むたったの3人。検疫は完璧ではないという前提に基づき、国内におけるエボラ患者の早期発見を徹底し、封じ込めを目指す形に切り替えたのだと見てよい。


「罹っても回復する」という実績を積み上げる

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アメリカの決断からうかがえる事情は…(写真:Getty Images News)
 この決断からはいくつかの事情がうかがえる。

 ひとつには、国内でエボラに対する恐怖感が高まる一方で、早期にエボラと診断して治療を開始すれば、高率に回復する病気である事実が見えてきたことである。

 アメリカのインデックスケース(最初の患者)であったリベリア人男性は、初診で別のウイルス性疾患と誤診され、治療開始が遅く、死亡した。しかし、二次感染例の2名の看護師はいずれも発熱した段階で早々に治療を開始され、現在も安定した状態にある。スペインからも、20日、二次感染した看護師が回復したとの報告があがっている。

 アメリカ一国がアフリカとの渡航禁止をひいたところで、西アフリカでのアウトブレイクが収まらないことには、水際防御は100%とはならない。他の国を経由し、潜伏感染の患者が巡り巡りってアメリカに入り込む可能性をゼロにはできないからだ。西アフリカを置き去りにして嵐が去るのを待つよりも、積極的に支援を送り、エボラ感染者が入国するリスクの元を絶つ。感染者を早期に発見し、「罹っても回復する」という実績を積み上げることで、少しずつ医療者の不安を緩和する。その間、トレーニングも進み、医療者の方も患者の扱いにも慣れてくる状況を作るという目算だろう。

 10月19日、日本からも、ドイツにある米アフリカ軍の司令部に自衛隊員を連絡要員として派遣することを検討しており、早ければ今週中にも派遣して感染状況などの情報収集を進めるとの報道があった。

パンデミックは「国防の問題」


 そもそもアメリカが初動から軍隊を派遣するのは、パンデミック(世界的大流行)を想定しているから。アメリカの要請を受けた日本も、その趣旨に同意して自衛隊を派遣することになったと言ってよい。エボラが日本に上陸してアウトブレイクし、日本がパンデミック(世界的大流行)の一端を担う事態が起きた場合、事態収拾の中心となるのは自衛隊だ。
 パンデミックは最悪の場合、医療従事者の感染が相次ぎ、増加する患者に対応しきれなくなって、医療施設も足りなくなる事態に至る。感染していな人は、食糧や水、生活必需品を準備して、自宅に籠城することを求められる。患者の治療は、近頃テレビで盛んに紹介されている、厳重管理のエボラ対応室どころか、学校の体育館や公民館などで対応することにもなりうる。その時、エボラは地震や原発事故、戦争のように、もはや医療の問題ではなく、治安の問題となる。軍隊の派遣には、現在のアフリカでは「パンデミック」という最悪の未来図がすでにローカルに実現されており、実働部隊がそれを具体的に思い描くことができるようにするためという意味も込められている。

 世界はこれまでも、パンデミックの問題は、各国の厚労省が担当すべき医療の問題ではなく、防衛省をはじめとする各省庁が連携すべき「国防の問題」として準備されてきた。次にパンデミックを起こすのもインフルエンザだと誰もが思っていた。それが、現実には、アフリカローカルの病気だったエボラ出血熱がおかしな動きを見せている。軍隊派遣は、各国が「エボラ出血熱パンデミック」も視野に入れた検討を開始し、国防の問題として重くとらえ始めていることを意味する。

 アメリカに同調し、エボラへの人的な国際協力をする以上、不幸にも感染する日本人が出てくる可能性は高まる。アフリカから治療のために搬送されるのであれ、潜伏期の患者が検疫を潜り抜けるのであれ、最初のエボラ患者が日本に入ってくる前に鎖国体制をとらない限り、日本政府がエボラと直接対峙しなければならない状況は訪れる可能性がある。そうなれば、日本にも、今の欧米諸国が受けているのと同様の、アウトブレイク封じ込めの試練が訪れることだろう。

 8月には西アフリカのローカルなアウトブレイクと高をくくっていたエボラが、数か月のうちに先進国に飛び火した。もちろん、騒ぎとは裏腹に、先進国の現状は「散発例が発生しているだけ」の安定した状態。しかも、その散発例の多くが回復している。エボラの病態が当初の予測通りであれば、先進国で次々と感染者が報告されることはない。早期発見・早期治療のストラテジーが効を奏し、アフリカ大陸の外でのアウトブレイクは阻止できる可能性も高い。とはいえ、グローバル化の中で、古典的な水際対策や鎖国政策が現実的ではない今、日本でも、あらゆるシナリオを想定したエボラ患者受け入れ態勢づくりが急がれる。